504人が本棚に入れています
本棚に追加
翌日
「災難だったわね〜」
「あそこに避難小屋があって、助かりました」
私たちは旅館で美味しい朝食をいただいていた。
お味噌汁の塩気が身に沁みる。
「にいちゃんが追っていってくれて、よかったな」
のんびりお茶を飲んでいたおじさんが言う。
それを言われるとムカつく。
(進藤は勝手に来たのよ!)
「それは……感謝してなくもないような……。それより、おじさんが迎えに来てくれて、助かりました。ありがとうございました」
「バスも運休になっちまったし、一本道とはいえ、さすがにあそこから歩いて戻ってくるのはしんどいからなあ」
「やっぱり運休になっていたんですか! 本当にありがとうございます」
進藤もにこやかにお礼を言うと、女将さんがぽーっとなった。
(恐るべし、進藤。熟女にもこの効果……)
「ところで、お二人の部屋は同じにしてよかったんですよね?」
「もちろん!」
「えぇー!」
女将の質問に驚愕した。
いつの間にそんなことに!
(なんで、私がこの男と一緒の部屋にならないといけないのよ!)
「女将さん、この人とはただの同僚……」
「熱い夜を過ごした関係、だよなー?」
私の言葉に被せて、進藤が言う。
(だから、それはノーカウントだって!)
睨みつける私に、進藤は耳打ちする。
「一緒だと、俺にほだされるのが怖いんだろう?」
「そんなわけないでしょ!」
「じゃあ、同室でもいいだろ?」
「いいわよ、別に!」
(誰でもあんたの魅力に参ると思うなよー!)
ニコリと笑った進藤は、女将さんを振り返って、「問題ないです」と言った。
「若いっていいなぁ」
「ねぇ」
おじさんがズズッとお茶をすすった。
案内された新しい部屋は、結構広かった。
畳敷きの十五畳くらい?
床の間に縁側もついていて、雪見障子から見える中庭の雪景色が綺麗だった。
いつの間にか、私の荷物はこの部屋に移されていた。
(昨日の部屋より良さそうだけど……)
荷物を置いただけですぐ別荘に向かったので、あまり昨日の部屋を覚えてなかったけど、格段にレベルは上な気がする。
「なあ、今日はどうする? 今さらあの別荘には戻らないだろ?」
備えつけの急須でお茶を淹れてくれながら、進藤が言った。
気が利くアピールがウザい。
お茶は女が淹れるものと思ってる男よりはいいけどね。
本来なら明日から出張で、当然、現地調査も明日から。
先を越そうと思った進藤がここにいる時点で抜けがけは無理だし、そもそもバスが運休なら足がない。
(それなら……!)
私はさっきからウズウズしていた考えを実行することにした。
「うん、いい出来!」
私は大きな雪だるまを見て、満足してうなずいた。
ちょっと歪になっちゃったけど、ニヤリと雪だるまも見返してくれる。
東京生まれの東京育ちの私には、こんなに雪が積もった景色は新鮮で、女将さんに断って、中庭で雪遊びを始めたのだ。
付き合わなくていいって言ったのに、進藤まで出てきて、私の雪だるまに手を出そうとするので、断固拒否して、自力で完成させた。
拗ねた進藤はなにをしているのかと思ったら、縁側近くで、せっせと雪うさぎの大群を作っていた。
南天の赤い実と緑の葉を使って、どれもとても可愛い表情をしている。悔しい。
(可愛いことしてるんじゃないわよ!)
私だって!と雪だるまの横に、ちょっと大きめの雪うさぎを作った。
身体に合わせて大きな眼にしようと、南天の実を複数埋め込んだら、なんだかロボットみたい?
「……なかなか、ユニークだな」
いつの間にか横に来ていた進藤がボソリとつぶやく。
(くっそー! バカにしてー!)
腹が立って、雪玉を投げつけた。
「おっ、雪合戦か?」
進藤が尻尾を振りそうな声で楽しそうに笑うので、「違うわよ!」と否定して、ヤツに近寄った。
背伸びして首元に腕を回すと、進藤はフリーズした。
顔が近づく──
その背中に雪を入れてやった。
「冷たっ!」
「あははっ。ざまーみ!」
身をよじって雪を出そうとしている進藤から離れて、私は次の作業に取りかかった。
憧れのアレを作るのだ! 進藤に係らっている暇はない!
私は中庭の一角に大量の雪を集め始めた。
腕を広げて、ブルドーザーのように雪を四方からかき集める。
あっという間に雪まみれだけど、動いているから、そんなに寒さは感じない。
「もしかして、かまくら作ろうとしてる?」
ようやく雪を追い出したらしい進藤がまた寄ってきて、私の髪の雪を払い落とした。
「もしかしなくてもそうよ。一度作ってみたかったの」
「それなら、スコップがいるぞ?」
「そうなの?」
「運がいいな。俺はかまくら作りの名人だ!」
「へー」
軽くスルーして、雪集めに戻ろうとすると、「いや、マジで!」と腕を掴まれた。
進藤は金沢出身で小さい頃からよくかまくらを作っていたらしい。
(進藤に教えを請うのは、むちゃくちゃ腹立たしいけど、かまくらのためだ、仕方ない……)
くぅううと苦渋の決断をして、進藤にかまくら作りへの参加を許可した。
進藤が二本雪掻き用のスコップを借りてきた。
それで雪を掻き集める。
東京だとすぐ地面が顔を出すけど、ここのたっぷり積もった雪は豊富で、どこまでも真っ白だ。
かまくら建設予定地に、進藤が大きな円を描いて、その中にドーム状に雪を積み上げていく。
時々、スコップで側面を固めながら乗せていくと、雪の塊は私の身長ほどになった。
「これくらいでいいかな」
進藤がうなずいた時には、なかなかに疲れていた。
雪掻きって腰にくるわ。
(でも、敵の前で弱みは見せられない!)
そう思った時、女将さんの声がした。
「お客さま〜、お昼はどうされます?」
腕時計を見ると、とっくに正午を回っていた。
「食べます!」
これ幸いと元気よく返事をする。
いそいそと雪を落として、部屋に戻って座卓の前に座ると、思ったより身体が疲れていたのを感じた。
「大丈夫か?」
「なにが!?」
「いや、結構疲れてそ……」
「疲れてないし! ご飯食べ終わったら、かまくら作り再開するし! 進藤が疲れて無理っていうなら、休んでてもいいわよ?」
「そんなわけにいくかっ!」
余裕そうな顔で向かいに腰かけるヤツに、体力の違いを感じてイラッとする。
しばらくすると、女将さんが、煮込みうどんを持ってきてくれた。
火から下ろしたばかりなのか、鍋の中はまだグツグツいっていて、もうもうと湯気が立ち上がる。
「いただきます」
私たちは手を合わせ、箸を取った。
いい匂い。美味しそう。
取皿にうどんと落とし卵をそっとすくって、取り分ける。
進藤ははふはふ言いながら、お鍋から直接うどんを食べていた。
なんとなくそれを見ていたら、ヤツが気づいて、首を傾げた。
「ん? 食べないのか?」
「食べるわよ!」
うどんを持ち上げ、ふうふうする。
湯気がいっぱい出てて、まだダメだ。
残念ながら、手を下ろす。
「もしかして、安住って猫舌?」
「悪かったわね! あんたと違って繊細なのよ!」
悪口を言ったのに、進藤は目を細めて笑った。
「いや、可愛い」
「はあ? バカにしてるの!?」
やっぱりコイツとはわかり合えない。
むくれながら、またうどんにチャレンジした。
「ふうふう……あつっ……ふうふう……もぐもぐ」
ようやく食べられる温度になった。
うどんは冷えていた身体に沁み通り、私を癒やしてくれた。
「ごちそうさまでした」
全部食べ終わると、身体はポカポカ、エネルギーが湧いてきた。
暇だったのか、とっくに食べ終わっていた進藤は頬杖をつき、ニコニコと私を眺めている。
「さあ、かまくら作りを再開するわよ!」
「はいはい」
ヤツは素直に立ち上がった。
「じゃあ、入口を作っていくぞ」
進藤がかまくらの正面に馬蹄形の入口の線を引いて、宣言した。彼と並んでしゃがむと、そっと雪を掻き出していく。
単純作業は得意だ。
無心になって、雪をほじくり返す。
だんだん入口が広がっていき、中に入り込むことができるようになると、私がよつん這いで中に入って掘った雪を進藤が外に出してくれた。
「楽しい」
思わずつぶやくと、「そうだな。俺は役得」と意味不明のことをつぶやいた。
進藤はたまによくわからない。昔から邪険にしてもやたらとかまってくるし。
「こんなもんか」
仕上げと言って、かまくらの中に入り、側面を掘ったり固めていたりした進藤が出てきて、満足げにうなずいた。
「完成?」
「あぁ」
「やったぁ~」
青い空を背景にそびえ立つ立派なかまくら。
記念写真を撮っとこう。
スマホを構えると、進藤がポーズを取るから「邪魔!」と追い払う。
なんだよーと文句を言いながら進藤が退いて、余計なものがいなくなったから、パシャパシャと写真を撮った。
「撮ってやろうか?」
進藤がそう言うので、私はかまくらに入って座ってみた。
「わぁ、結構広い!」
思わず、顔がほころんだ。
カシャ
進藤が写真を撮り始める。
「ほら、笑って」
そう言われるけど、笑顔は苦手だ。それに進藤に向かって素直に微笑めるはずもなく、引きつった笑いになった。
そこに、女将さんが声をかけてくれる。
「完成したんですね。オヤツにおぜんざい食べますか?」
「食べたいです!」
憧れのかまくらの中でおぜんざい!
やってみたかった!
私は全開の笑顔になった。
最初のコメントを投稿しよう!