翌日

1/3
前へ
/68ページ
次へ

翌日

「災難だったわね〜」 「あそこに避難小屋があって、助かりました」  私たちは旅館で美味しい朝食をいただいていた。  お味噌汁の塩気が身に沁みる。 「にいちゃんが追っていってくれて、よかったな」  のんびりお茶を飲んでいたおじさんが言う。  それを言われるとムカつく。   (進藤は勝手に来たのよ!) 「それは……感謝してなくもないような……。それより、おじさんが迎えに来てくれて、助かりました。ありがとうございました」 「バスも運休になっちまったし、一本道とはいえ、さすがにあそこから歩いて戻ってくるのはしんどいからなあ」 「やっぱり運休になっていたんですか! 本当にありがとうございます」  進藤もにこやかにお礼を言うと、女将さんがぽーっとなった。 (恐るべし、進藤。熟女にもこの効果……) 「ところで、お二人の部屋は同じにしてよかったんですよね?」 「もちろん!」 「えぇー!」  女将の質問に驚愕した。  いつの間にそんなことに! (なんで、私がこの男と一緒の部屋にならないといけないのよ!) 「女将さん、この人とはただの同僚……」 「熱い夜を過ごした関係、だよなー?」  私の言葉に被せて、進藤が言う。 (だから、それはノーカウントだって!)  睨みつける私に、進藤は耳打ちする。 「一緒だと、俺にほだされるのが怖いんだろう?」 「そんなわけないでしょ!」 「じゃあ、同室でもいいだろ?」 「いいわよ、別に!」 (誰でもあんたの魅力に参ると思うなよー!)  ニコリと笑った進藤は、女将さんを振り返って、「問題ないです」と言った。 「若いっていいなぁ」 「ねぇ」  おじさんがズズッとお茶をすすった。             案内された新しい部屋は、結構広かった。  畳敷きの十五畳くらい?  床の間に縁側もついていて、雪見障子から見える中庭の雪景色が綺麗だった。  いつの間にか、私の荷物はこの部屋に移されていた。 (昨日の部屋より良さそうだけど……)  荷物を置いただけですぐ別荘に向かったので、あまり昨日の部屋を覚えてなかったけど、格段にレベルは上な気がする。 「なあ、今日はどうする? 今さらあの別荘には戻らないだろ?」  備えつけの急須でお茶を淹れてくれながら、進藤が言った。  気が利くアピールがウザい。  お茶は女が淹れるものと思ってる男よりはいいけどね。  本来なら明日から出張で、当然、現地調査も明日から。  先を越そうと思った進藤がここにいる時点で抜けがけは無理だし、そもそもバスが運休なら足がない。 (それなら……!)  私はさっきからウズウズしていた考えを実行することにした。            「うん、いい出来!」  私は大きな雪だるまを見て、満足してうなずいた。  ちょっと歪になっちゃったけど、ニヤリと雪だるまも見返してくれる。  東京生まれの東京育ちの私には、こんなに雪が積もった景色は新鮮で、女将さんに断って、中庭で雪遊びを始めたのだ。  付き合わなくていいって言ったのに、進藤まで出てきて、私の雪だるまに手を出そうとするので、断固拒否して、自力で完成させた。  拗ねた進藤はなにをしているのかと思ったら、縁側近くで、せっせと雪うさぎの大群を作っていた。  南天の赤い実と緑の葉を使って、どれもとても可愛い表情をしている。悔しい。 (可愛いことしてるんじゃないわよ!)  私だって!と雪だるまの横に、ちょっと大きめの雪うさぎを作った。  身体に合わせて大きな眼にしようと、南天の実を複数埋め込んだら、なんだかロボットみたい? 「……なかなか、ユニークだな」  いつの間にか横に来ていた進藤がボソリとつぶやく。 (くっそー! バカにしてー!)  腹が立って、雪玉を投げつけた。 「おっ、雪合戦か?」  進藤が尻尾を振りそうな声で楽しそうに笑うので、「違うわよ!」と否定して、ヤツに近寄った。  背伸びして首元に腕を回すと、進藤はフリーズした。  顔が近づく──  その背中に雪を入れてやった。 「冷たっ!」 「あははっ。ざまーみ!」  身をよじって雪を出そうとしている進藤から離れて、私は次の作業に取りかかった。  憧れのアレを作るのだ! 進藤に(かかず)らっている暇はない!  私は中庭の一角に大量の雪を集め始めた。  腕を広げて、ブルドーザーのように雪を四方からかき集める。  あっという間に雪まみれだけど、動いているから、そんなに寒さは感じない。 「もしかして、かまくら作ろうとしてる?」  ようやく雪を追い出したらしい進藤がまた寄ってきて、私の髪の雪を払い落とした。 「もしかしなくてもそうよ。一度作ってみたかったの」 「それなら、スコップがいるぞ?」 「そうなの?」 「運がいいな。俺はかまくら作りの名人だ!」 「へー」  軽くスルーして、雪集めに戻ろうとすると、「いや、マジで!」と腕を掴まれた。  進藤は金沢出身で小さい頃からよくかまくらを作っていたらしい。 (進藤に教えを請うのは、むちゃくちゃ腹立たしいけど、かまくらのためだ、仕方ない……)  くぅううと苦渋の決断をして、進藤にかまくら作りへの参加を許可した。  進藤が二本雪掻き用のスコップを借りてきた。  それで雪を掻き集める。  東京だとすぐ地面が顔を出すけど、ここのたっぷり積もった雪は豊富で、どこまでも真っ白だ。  かまくら建設予定地に、進藤が大きな円を描いて、その中にドーム状に雪を積み上げていく。  時々、スコップで側面を固めながら乗せていくと、雪の塊は私の身長ほどになった。   「これくらいでいいかな」  進藤がうなずいた時には、なかなかに疲れていた。  雪掻きって腰にくるわ。 (でも、敵の前で弱みは見せられない!)  そう思った時、女将さんの声がした。 「お客さま〜、お昼はどうされます?」  腕時計を見ると、とっくに正午を回っていた。 「食べます!」  これ幸いと元気よく返事をする。  いそいそと雪を落として、部屋に戻って座卓の前に座ると、思ったより身体が疲れていたのを感じた。 「大丈夫か?」 「なにが!?」 「いや、結構疲れてそ……」 「疲れてないし! ご飯食べ終わったら、かまくら作り再開するし! 進藤が疲れて無理っていうなら、休んでてもいいわよ?」 「そんなわけにいくかっ!」  余裕そうな顔で向かいに腰かけるヤツに、体力の違いを感じてイラッとする。  しばらくすると、女将さんが、煮込みうどんを持ってきてくれた。  火から下ろしたばかりなのか、鍋の中はまだグツグツいっていて、もうもうと湯気が立ち上がる。 「いただきます」  私たちは手を合わせ、箸を取った。  いい匂い。美味しそう。  取皿にうどんと落とし卵をそっとすくって、取り分ける。  進藤ははふはふ言いながら、お鍋から直接うどんを食べていた。  なんとなくそれを見ていたら、ヤツが気づいて、首を傾げた。 「ん? 食べないのか?」 「食べるわよ!」    うどんを持ち上げ、ふうふうする。  湯気がいっぱい出てて、まだダメだ。  残念ながら、手を下ろす。   「もしかして、安住って猫舌?」 「悪かったわね! あんたと違って繊細なのよ!」  悪口を言ったのに、進藤は目を細めて笑った。 「いや、可愛い」 「はあ? バカにしてるの!?」  やっぱりコイツとはわかり合えない。  むくれながら、またうどんにチャレンジした。 「ふうふう……あつっ……ふうふう……もぐもぐ」  ようやく食べられる温度になった。  うどんは冷えていた身体に沁み通り、私を癒やしてくれた。             「ごちそうさまでした」  全部食べ終わると、身体はポカポカ、エネルギーが湧いてきた。  暇だったのか、とっくに食べ終わっていた進藤は頬杖をつき、ニコニコと私を眺めている。 「さあ、かまくら作りを再開するわよ!」 「はいはい」  ヤツは素直に立ち上がった。 「じゃあ、入口を作っていくぞ」  進藤がかまくらの正面に馬蹄形の入口の線を引いて、宣言した。彼と並んでしゃがむと、そっと雪を掻き出していく。  単純作業は得意だ。  無心になって、雪をほじくり返す。  だんだん入口が広がっていき、中に入り込むことができるようになると、私がよつん這いで中に入って掘った雪を進藤が外に出してくれた。 「楽しい」  思わずつぶやくと、「そうだな。俺は役得」と意味不明のことをつぶやいた。  進藤はたまによくわからない。昔から邪険にしてもやたらとかまってくるし。              「こんなもんか」  仕上げと言って、かまくらの中に入り、側面を掘ったり固めていたりした進藤が出てきて、満足げにうなずいた。 「完成?」 「あぁ」 「やったぁ~」  青い空を背景にそびえ立つ立派なかまくら。  記念写真を撮っとこう。  スマホを構えると、進藤がポーズを取るから「邪魔!」と追い払う。  なんだよーと文句を言いながら進藤が退いて、余計なものがいなくなったから、パシャパシャと写真を撮った。 「撮ってやろうか?」  進藤がそう言うので、私はかまくらに入って座ってみた。 「わぁ、結構広い!」  思わず、顔がほころんだ。    カシャ  進藤が写真を撮り始める。 「ほら、笑って」  そう言われるけど、笑顔は苦手だ。それに進藤に向かって素直に微笑めるはずもなく、引きつった笑いになった。  そこに、女将さんが声をかけてくれる。 「完成したんですね。オヤツにおぜんざい食べますか?」 「食べたいです!」  憧れのかまくらの中でおぜんざい!  やってみたかった!  私は全開の笑顔になった。
/68ページ

最初のコメントを投稿しよう!

504人が本棚に入れています
本棚に追加