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終業式を終え、放課後。
生徒たちはみな一様に、夏休みのスタートに浮かれていた。しかし黒は浮かれてはいられない。彼女には仕事がある。
黒は学食でさっと昼食を済ませたあと、本校舎の一階の廊下を、教室名が記されたプレートを確認しながら歩いた。「多目的室B」のプレートを見つけると、彼女は足を止めた。
そこが、映画部の部室である。白はそう言っていた。
扉にはめられた窓ガラスには、内側から真っ赤な布のようなものが貼られており、廊下から部屋の中を覗けないようになっている。
扉の向こうから、パソコンのキーボードを叩く音が聞こえてくる。カタカタカタ……タァーン! タァーン! タッチ音はうるさめだ。
iPhoneで時間を確認すると、13時ぴったりだった。
黒は扉をノックした。
とたん、キーボードを叩く音はぴたりとやんだ。
黒はもう一度ノックした。反応はない。
「入ります」
黒は扉を開けて、部室の中に入った。
部室の中は雑然としていた。段ボールがあちこちに積まれていて、その中から服やら食器やら本やら馬の被り物やらサーベル(とうぜんレプリカだ)やらが飛び出している。撮影に使うのか、車椅子と卓袱台、それから南国の風景がプリントされた書き割りなんかも、壁際に無造作に置いてある。
部屋の中央には、シャレたガラステーブルが華麗に鎮座している。テーブルの上には、開いたままのマックブックと、缶コーラが載っている。椅子は、教室で使っている普通の学習椅子だ。
しかし人間は一人も見当たらない。
「ああ、なんだ、黒木さんか」
すみっこのロッカーががちゃりと開いて、中から灰原が出てきた。
「……どうして、そんなところに?」
「なんていうか……」
灰原は頬を掻きながら言った。昨日も思ったことだが、彼は相手の目を見て話さない。
「僕、けっこういろんな人から恨みを買ってるから、たまに部室に殴りこみにやってくるやつがいまして……」
「だから隠れた、と」
「ええ」
「どうして恨みを買うはめに?」
「ほら、僕、映画部ですから」
映画部って、そんなに恨まれるものなのだろうか。たぶん普通は違う。
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