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呆然とした空気のまま、固まった様子に受験の日のことは忘れてしまったのかと思いきや。
「ごめん、俺また間違えてたね」
慌てて荷物をまとめて席を立つ進藤。
また、と言うことはしっかりとあの日のことを覚えているらしい。
あの日のように俺の一つ後ろの席に着席する進藤。
名簿、前後なのか。
先客がいなくなった椅子に体を横向きにして脚を投げ出すように座り、後ろの席へと会話を続ける。
「謝ることじゃねえけど、天然かよ」
「はは……そうかも」
曖昧に笑みを浮かべてはぐらかす進藤の、目の上で流された前髪が窓辺からそよぐ風にゆるやかになびく。
窓側の席は、空を見上げられるから好きだった。
「日浦も受かってたんだね。おめでとう」
名乗ったはずのない俺の名前を知られていること、大人しそうに見えて意外にもあっさりと呼び捨てされたことに内心少し驚く。
「俺の名前、知ってんの?」
「サッカー部だったよね、有名だよ。受験の日から、そうかなって思ってた」
「へえ……」
先ほど聞こえた女子たちの内緒話は気にも留めなかったが、進藤に認知されていたことはなんとなく嬉しい。
担任が教室へと入ってきたのでそれきり会話は途絶えた。
これから体育館へ移動するらしい。
起立、の合図で椅子が引かれる音が揃う。
今日からここが、俺の通う居場所。
進藤の一つ前の、窓辺の席。
「悪くねえな……」
我ながら可愛げのない感想を、誰にも聞かれない声量で静かに呟いた。
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