前妻がおめでとうなどと言うわけがない

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 ■  瑛子とは今から八年程前に行きつけのトレーニングジムで出会った。彼女はなかなかの美人でもう少し背が高ければモデルにでもなれそうなスタイルをしていた。二人は何度もジムで会う内にどちらからともなく声をかけ、 馬の合った二人は急速に親しくなってやがて恋人同士になった。しかし順調に交際を続けゴールインした二人の結婚生活はたった五年で終止符を打つ。  待ちに待った赤ん坊を瑛子が流産したことが離婚のきっかけになった。 元々婦人科系に何か疾患があったのだろうか、流産した後瑛子は二度と妊娠はできないだろうと医者に告げられたのだ。彼女はひどく落胆した。 洋介は子供がいないならいないなりの夫婦になればいいじゃないかと、事あるごとに瑛子を慰めたが、瑛子の落胆ぶりは治まるどころか日を追うごとにますますひどくなり、やがて瑛子はうつ状態に陥った。  そしてあることか、瑛子は誰に紹介されたのかは不明だが、初めて名前を聞くような宗教団体にのめり込んで行ったのだ。  洋介がそのことを知ったのは、マンションの管理会社から届いた家賃の督促状からだった。 家賃の引き落としが残高不足で出来なかったというのである。家計の全てを妻に任せていた洋介は督促状を瑛子に突きつけた。 「一体、これはどういうことなんだ」  瑛子はすぐには答えなかった。しかし翌日銀行のATMで通帳記入をした洋介は愕然とした。何百万か入っていたはずの口座の残高が、ほぼゼロになっていたのだ。通帳をよく見ると何十万単位で頻繁に下ろされていて、他の銀行の通帳も調べてみたが何れもギリギリまで引き出されていた。  三冊の銀行通帳を洋介から突き付けられた瑛子は全て洗いざらい告白した。半年前にある宗教団体に入信して、預金をすべて献金したと。  怒った洋介から通帳を胸元に投げつけられた瑛子は、叫ぶように言った。 「でもあなた、それで私は救われたの。苦しみから逃れられたの!」  目の前のやつれた瑛子の姿は決して救われたようには見えず、洋介には何かに取り憑かれたように狂気じみて見えた。それから拉致のあかない夫婦の諍いは何日も続き、瑛子はとうとう病院通いをするようになった。間もなくして彼女の両親の計らいで、落ち着くまでと実家に戻されたのだったが、結局そのまま二人は離婚するに至ったのだ。  
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