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「なんだか賑やかになってきたわねえ」  時刻も二時を回った頃、隣に立つ母が見回しながら言った。誰かからもらったのか、湯気の立つミルクココアの缶を両手で持っている。  母の言う通り、境内には多くの人影があった。踏み荒らされた地面に足跡はもう見えない。  だが今もなお本殿は光り続けており、これからさらに増えるのだろう。 「新年って感じがしていいわね」 「新年だからね。これが普通だ」 「へえ。夜の初詣って行ったことないけど、こんな感じなのかしらねえ」  人でいっぱいの境内を母は嬉しそうに眺める。俺も釣られてその視線を追った。  ひしめく人々とざわめく喧騒。ここにいる人のほとんどは縁も所縁もないけれど、彼らを見ているとあたたかい何かが胸の内に小さく灯る。  この気持ちの正体はたぶん、世紀の大発見ではないんだろうけど。 「でもこんなに人がいなくなってたってことよね。ほんと助かったわあ。ありがとね俊也」  母はひとしきり雰囲気を楽しんだのか、もう一度こちらに向き直る。 「いえいえ。元気そうでよかった」 「元気よお。さっきだってお父さんと年越しピザパーティーしてたもの。ねえお父さん」 「プルコギピザが特に美味かったな」 「蕎麦食べろよ」  思わず突っ込むと、父は表情を変えず、母は可笑しそうにころころと笑った。年越しに蕎麦を食べることを教えてくれた両親はどうやら思い出になってしまったようだ。  まあ時間は進むしな。  時間は進んで、年は何度も明ける。 「……あ」  そこでふと思い出したことがあった。年越しの瞬間に一人になったから今まで完全に忘れてしまっていたことだ。  そういえば、これもずっと昔から伝わる言葉だったっけ。 「どうしたの俊也」 「どうかしたのか」 「ああいや」  二人のほうを向く。  そして、どれだけ離れていても忘れるわけがない顔を見ながら俺は口を開いた。  この言葉の意味は、さすがにわかる。 「明けましておめでとう。今年もよろしく」 (了)
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