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「遅い」
「わりいな、委員長。なんか、途中で可愛い窃盗団に掴まっちゃってさあ」
へへ、となぜか嬉しそうな顔。よく見ると、和久井の学ランにはボタンが一つも残っていなかった。
「どしたのそれ。カラスの群れにでも襲われたの?」
奴らには光るものを好んで集める習性がある。
「ちげーわ、後輩の女子に囲まれて持っていかれたんだよ。ファンでしたーとか言われちゃって、参った」
自慢げな表情にイラッとして、私は「ばっかみたい」と口を尖らせた。
「いいじゃん、ちょっとくらい調子に乗らせろよ」
和久井はなおも上機嫌で、キシシと笑って見せた。
「んで? 俺だけ呼び戻された理由は……これか」
「そ。鷺沼(さぎぬま)先生に渡す色紙。あとは和久井だけだよ。このあと職員室に届けるから早く書いて」
「りょーかい」
和久井は私が座っている席のすぐ前の椅子を引き、馬にまたがるようにしてこちら向きに腰を下ろした。
おでこ同士が触れそうな距離に、心臓がぴくりと跳ねる。
「うっわ、ぎっしりじゃん。書くトコねえー」
「ここ、あけといた」
「足りねえよスペース」
「しょうがないでしょ、小さい字で短くまとめて」
「へいへい」
不満そうに頬杖をつき、黒のサインペンを手に取る。
狭いスペースしか残せなかったことに、少しだけ罪悪感を覚えた。
色紙を他の子たちにこっそり回し、和久井が最後になるように仕向けたのは私だ。
卒業式の後、こうして教室で二人きりになるために。
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