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サヨナラ委員長
誰もいなくなった教室で、私は校庭を見下ろしていた。
吹き込んだ風に乗って桜の花びらが舞い込んでくる。
乱された前髪を指先で梳くと、ブレザーの胸に着けた卒業式の花飾りに腕が触れ、カサ、と乾いた音を立てた。
校庭では、式を終えたばかりの男子生徒たちが卒業証書の入った筒を投げ合って遊んでいる。
もうすぐ高校生になるというのに、やっていることは相変わらず子供だ。
いつもなら呆れるところだけれど、今はみんなの無邪気さが愛しく思え、笑みがこぼれた。
「ちゃんとしてよ」が口ぐせだったこれまでの日々。口うるさい学級委員長としての役目も今日で終わる。
席に戻ると、私はサインペンの束の中からブルーを選んで取り出した。
担任に渡す大判の色紙に短いメッセージを書き入れ、最後に自分のフルネームを記す。
松永澪(まつなが・みお)――。みんなからは委員長と呼ばれることが多かったから、ひょっとしたら私の下の名前を知らずじまいのクラスメイトもいたかもしれない。
というか、知っている子の方が少ないかも。
ペンのキャップをきっちり閉め、他のみんなが書いたメッセージを眺める。
二年間お世話になった初老の教師の顔を思い浮かべると、ちょっぴり泣きたくなった。
色とりどりの文字で埋まった色紙の右端には、ほんの少し余白が残っている。これは最後のもう一人のために空けておいたスペースだ。
遅いな……。
腕時計に目を走らせた時、ペタペタと上履きを引きずる呑気な足音が聞こえて来た。
「ちっすちっすー」
手刀を切りながら教室に入って来たのは、クラスメイトの和久井俊輔だった。
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