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珍しくピリピリとした空気が張り詰めるなか、創一も席に着いて己のノートを広げた。授業内容の書き取りに手抜かりがあり、今頃になって杜撰な箇所があちこちに見られる。
創一は駄目元で、正面に座る相手を見据えた。片肘をつき、黙々と頁をめくる指がしなやかに動く。夏日に近い暑さのためかブレザーは脱いで椅子に掛けており、自然のまま流した毛先をそよ風に揺らしている。
同級生でありながらまともに会話したことのない相手であったが、創一がさりげなく声を掛けると、意外にもすんなりとノートを貸してくれた。表紙に『生物』とだけ細いマジックで記されている。
「……ありがとう」
「試験が終わるまで返さなくていいから。どうせ大した科目じゃないし」
椿田はそう言い捨てかと思うと、創一の予期に反して徐に口角を上げた。動揺が伝わったのか、意味ありげに微笑んで見つめてくる。彼が度の強い眼鏡をかけているせいで気がつかなかったが、したたかな瞳は光沢に富み、涼しげに潤っている。
創一が反応に困っていると、椿田は満足したように視線を参考書へ戻した。何食わぬ顔で再び頁をめくり出す。
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