おめでとうを、君に

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 そうしてまた涙が落ちる。もう変わることはないアイツの表情を思い出す。アイツなりに笑って、アイツなりにどこかで泣いていて、もうそれがきっと。鼻をすすりすぎて耳がツンとする。時間が無い。制服の袖で大雑把に涙と鼻水を拭って校舎を出た。裏庭の大きな桜の木の方へとゆっくりと一歩ずつ歩いて近づく。最初から知っていた場所、教えられていた場所、時間。でもきっとまだ、もしかしたら、まだ、まだ、まだ。あんなのは嘘かもしれない。  「いた」  「ねえ、そろそろ始まるよ。入学式」  「新入生代表、読むんでしょ」  「もしも〜し」  返ってこない声に何度も声をかけ続けてしまう。未練がましい。アイツが決めたことなら何を言っても無駄だってのは私が一番分かってるはずなのに。だけど一緒に入学式に参列して、それで、校長の話が長かったねってそんなふうに愚痴ったりしても良かったじゃないか。何に悩んでいたのかだけは何も話してくれなかったから、何も、何の力にもなれなかったよ。だから最後のお願いだけはと思って聞いたのに。馬鹿だなあ、大馬鹿者だよ。こんな桜の木で首吊って死ぬなんて、フィクションの中でしか見たことないよ、私。
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