Mr.Lonely black dog,Miss Tiny stray cat.

2/857
45人が本棚に入れています
本棚に追加
/857ページ
「茉緒ちゃん、披露宴でピアノ弾くんだって?」  円卓の隣の席に座った、同僚の郁美ちゃんが尋ねた。 「うん、有希乃ちゃんに頼まれて」 「ピアノ、弾けるんだ」 と、反対側の隣席に座った、同じく同僚の千佳ちゃんが口を挟む。  この二人は同期で、今年入職のOT=作業療法士一年目だ。職員としては私の方が二年先輩だが、年が近いので、すぐに仲良くなった。 「趣味だけどね。今日の為に、猛練習したよ」 「そうなんだ、楽しみ。いつ弾くの?」 「最初のお色直しの時と、退場の時」 「そんなに何曲も弾けるの?」 「だって茉緒ちゃんて、市民コーラスの伴奏やってるんでしょ?」 「そうなの?スゴイじゃん」 「あんまり言わないで。今、結構緊張してるんだから」 「あはは、ごめんごめん」 「茉緒ちゃん、人前出るの苦手そうだもんね」 「式場のBGMとかと思って聞いてて」  実は、学生時代のアルバイトの延長で、時々、結婚式場の生演奏のバイトもしているが、副業は禁止なので、同僚には内緒にしている。この式場でもバイトしたことがあるが、顔見知りのスタッフには、前もって口止めしておいた。 『では、ここで余興です。新婦がお色直しに行かれている間、新婦、有希乃さんの職場のご友人、穂坂茉緒さんによるピアノ演奏のプレゼントです』 「誰?」 「リハ科の事務の子だって」 「へー見たことない。可愛いじゃん。あんな子いたっけ?」 「女の子は化粧で変わるからな〜」  ピアノが置かれた場所は、新郎側の同僚席の目の前なので、彼らの会話は丸聞こえだ。  椅子に座る前にマイクを渡され、簡単に祝辞を述べる。席に残る新郎にお辞儀をし、式場のお客さんにもお辞儀をして、椅子に座った。新婦が介添人の手を取って立ち上がると、私に手を振り、私も手を振り返した。  彼女が歩き出すのに合わせて鍵盤に指を乗せ、軽やかなリズムを叩き始めた。  演奏を始めて間もなく、誰かの強い視線を感じた。ふっと顔を上げると、“彼”と目が合った気がした。遠かったし、気を散らすとミスタッチしそうだったので、すぐに目を落としたが、弾いている間中見られているような気がしていた。  その後もその人は多勢の人に囲まれていたし、私は私の友人達といたので、そのことはあまり気にしていなかった。
/857ページ

最初のコメントを投稿しよう!