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結婚式自体は大して面白くもない行事だが、久し振りに旧友が一堂に介する機会でもある。
新郎の友枝修一郎は、今は同じ職場で働く同僚だが、高校からの友人でもある為、同じ円卓に座ったのは、十年前から付き合いのある旧友達だった。
「お前達四人の中では、修が一番乗りか」
「まあ、修が一番まともそうに見えるもんな」
と、友人の一人がオレの顔を見ながら言う。
「どういう意味だよ」
付き合いが長いと、半分身内みたいな感覚で、遠慮がない。大人になってから知り合った相手だと、中々ここまで気を許せる様にはならない。
「奥さん美人だな。PTだって?」
「遠宮も今、同じ職場なんだろ?奥さんと面識ある?」
「いや、リハとは関わりないし」
「まあそっか。あそこの分院、五百床規模だって言うしな」
ありきたりな結婚披露宴で、特に関心もなく、久し振りに集まった同席の旧友達と雑談していたが、そのピアノの音を聞いた瞬間、ハッと目が覚めた様な気分になった。
いつの間にか、正面に置かれたグランドピアノの前に、深緑色のドレスを着た小柄な女の子が座っていて、しなやかな若木の様な腕を揺らして鍵盤をかき鳴らしている。祝いの席に相応しい、軽やかで幸せそうな旋律。聞き覚えのある有名なクラシック曲だったと思うが、涼やかな音が、辺りの空気を澄み渡らせている様だ。
ピアノ曲を聴いたことも、生演奏を聴いたこともあるが、こんなに心を揺り動かされたのは初めてだった。
「おい、遠宮?オレの話聞いてる?」
「…あれ、誰?」
「さっき紹介されてたじゃん。新婦の友達だって」
「プロ?」
「違うだろ。友枝んとこの職員らしいよ」
「ホントお前、人の話聞かねーな」
「お前、クラシックとか興味あったっけ?」
「いや、うん…」
その後も友人達が何か話していたが、オレの耳には彼女の演奏しか聞こえなかった。
何故だろう。何故彼女の奏でる音は、こんなにも色鮮やかで、心に響くんだろう。
彼女の名前を知りたかった。しかし、演奏前に紹介されてしまったのだろう。新婦がお色直しの為式場を退場すると、彼女も演奏を終えて自分の席に戻ってしまった。
いつも席次表など見たことないが、席に戻る彼女を目で追い、名前を確認した。
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