Mr.Lonely black dog,Miss Tiny stray cat.

5/857

45人が本棚に入れています
本棚に追加
/857ページ
 新婦にだけ挨拶をして店を出たが、信号待ちをしている時に、ショールを忘れたことに気が付いた。戻ろうか迷っていると、背の高い人影が走って近付いて来るのが見えた。 「良かった、追い着いた」 「遠宮さん」 「はい、忘れ物」 と、ショールを私の肩にふわりと掛けてくれた。 「ありがとうございます、わざわざ」 「ついでに駅まで送るよ」 「大丈夫ですよ。すぐ近くですから」 「遅いし、茉緒ちゃん酔ってるでしょ」 「そんなでもないですよ」 「ほっぺ赤いよ。寒い?」 と、長い綺麗な指で私の頬に触れる。そんなことされれば、そりゃ赤くもなる。 「い、いえ」 「どっち方面?」 「下りです」  何だか断れないままに、並んで歩き始めた。 「茉緒ちゃん、今日、ピアノ弾いてたよね」 「あ、はい」 「すごく上手だった。教えてたりするの?」 「いえ、趣味で弾いてるだけです」 「そうなんだ?それであんなに弾けるんだね。クラシック?」 「習ってたのは、そうです」 「ジャズとかも弾ける?」 「詳しくはないですけど、メジャーなのなら」 「そうなんだ、いいな。今度聴かせてよ」 「そんな、大した腕では…」 「オレ、楽器って何にも出来ないからさ、すごい憧れる」 「…じゃあ、機会があれば、いつか」 「ホントに?やった。約束ね」 と、遠宮さんは、嬉しそうに笑う。冗談でもこの人に“約束”なんて言われたら、誤解する女の子がいっぱいいそうだ。  駅までは本当に数分で、すぐに着いた。 「電車、すぐ来る?」 「ええと、あと十分くらいです」 「じゃあ、もうちょっとお喋りしよ。茉緒ちゃんて地元?」 「はい」 「この辺、観光するところある?」 「そうですね、一応観光地なので。大きな神社とか、それなりのお寺とか有りますよ」 「オレこっちにいられるの、多分半年くらいなんだけど、まだどこも行ってないんだよね。いいとこ教えて」 「魚が好きなら、港湾に海鮮通りとかありますよ。あとはまあ、滝とか、吊り橋とか」 「空いてる時、案内してくれない?」 「え?」 「地元っ子のお薦め。メシおごるから」 「はあ…」 「あ、電車来たかな」 「あ、はい、ありがとうございました。おやすみなさい」 「うん。気をつけて」  慌ただしく電車に乗ってしまったが、走り出すまで、遠宮さんは見送ってくれた。  思っていたよりもフレンドリーな人で、ピアノ聴きたいとか観光行きたいとか言っていたけど、社交辞令と思っていいだろうか。たまたま一緒に飲む機会があったけど、同じ職場だと知っているかもわからないし、知っていたところで、どうなるものでもないだろう。  久し振りに楽しかったから、それでいいかな、と思いながら、家に帰った。
/857ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加