Mr.Lonely black dog,Miss Tiny stray cat.

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「図書室にコピー行ってきまーす」  医局棟には、職員用の図書室がある。蔵書は勿論娯楽物の本ではなく、医療系の本や医学専門誌ばかりである。大型のコピー機もあるので、大量のコピーが必要な時は、図書室のコピー機を使わせてもらっていた。  リハ科は隔週の水曜日に勉強会があり、その為の配布資料を用意するのも、私の仕事の一つだった。 「あ、茉緒ちゃん、図書室行く?ついでにこれも返してきてー」 と、理学療法士の一人から、医学専門誌を渡された。 「はーい」  図書室のコピー機は入り口のすぐ脇にあるので、いつもなら、閲覧席のある奥の方まで入らない。でもその日は、返却を頼まれた本があった。  いつも入り口付近にいる司書さんの姿が無いので、奥をのぞくと、検索用のパソコンを使用している人と話しているのが見えた。  司書の中野さんはきっちりした性格で、普通の図書館みたいに室内での私語に厳しいし、返却する本も自分で預らないと気が済まない人だ。だから、受付カウンターを離れていることも、室内で誰かと話していることも珍しかった。  パソコンの使い方でも教えているのかと思い、話が終わるのを待っていたら、パソコンの前に座っていた男性の方が先に私に気付き、振り向いた。 「あれ、茉緒ちゃん?」  遠宮さんだった。なんでこのところ、行く先々で会っちゃうんだろう。 「お疲れ様です…」  中野さんが睨む様に私を見たので、まずいところに来ちゃったかなと思った。 「中野さん、返却する本、カウンターに置いておきますね。あと、コピーお借りします」  決して邪魔をしたかった訳ではなく、勝手に用を済ませますよということを強調したつもりだったが、中野さんは 「ああ、はい、どうぞ」 と素っ気なく言い、バツが悪そうに遠宮さんから離れた。私も何となく気まずくて、そそくさと入り口に戻り、コピーを始めた。  しかし、コピーを始めて間もなく紙詰まりを起こし、エラーのアラームが鳴ってしまった。  ディスプレイの手順に従って、あちこちのカバーをガチャガチャと開けていると、 「どうしたの?」 と、遠宮さんが奥から出て来た。 「紙詰まりです。うるさくしてすみません」 「見ようか?」 と、隣にやって来た。 「手が汚れるからいいですよ。ここ、よく詰まるから、慣れてます」 「どれ」  断ったつもりだったが、遠宮さんはコピー機をのぞき込み、ちゃっちゃと直してくれた。 「ここの部品が摩耗してるんじゃないかな。中野さん、これってリースですか?」 「ええ」 「業者さん呼んで、見てもらった方がいいかもしれませんよ」 「ありがとうございます。早速手配しますね」  中野さんは、多分四十代後半くらいの、いかにも真面目そうな、申し訳ないけれどあまり女性らしくない女性なのだが、その中野さんですら、声がいつもよりワントーン高く、心無しか頬を染めている。  噂には聞いていたけど、“キング”の名は伊達じゃないな、と思ってしまった。
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