Mr.Lonely black dog,Miss Tiny stray cat.

834/1303
前へ
/1303ページ
次へ
 トレーニングルームに顔を出すと、 「お、茉緒ちゃん、久し振り」 と、早速インストラクターの瀬田さんに声を掛けられた。 「こんばんは。すみません、ご無沙汰しちゃって」 「もう体調、いいんだ?」 「あ、はい、体調はもう随分前から大丈夫だったんですけど、新学期が始まって、バタバタしちゃって」 「そっか、また一から頑張ろうね!」  一からか。二ヶ月サボるとリセットってことかな。恐ろしい。 「よろしくお願いします」  持久力とかは相当落ちていたが、久し振りに思いっきり蹴ったり殴ったりすると、思いの外気持ち良かった。 「ほーい、少し休憩。水分摂って」 「はい」 「体力は相変わらず無いけど、形は様になってきたじゃない」 「本当ですか?」 「うん。サイレントで見てたら、一端のボクサーっぽいよ」  それは、ミットに当たる音がとても小さいからだろう。でも、痣になったり筋肉痛になる頻度も、以前より減った気がする。  休憩していたら、スパーリングを終えて汗だくの梓が隣に座った。 「どう、鈍ってない?」 「メチャクチャきつい」 「徐々に戻していけばいいよ。無理しないで」 「うん。でも今、瀬田さんに褒められた」 「へえ。なんて?」 「ボクサーっぽく見える様になってきたって」 「それはすごい」 と、全然すごく思っていない風に言う。 「新しい人、入ったんだね」 と、ジムの中を見回して言った。 「年度変わるとね。入学した人とか入社した人とかが入ってくるから」 「そっか」 「茉緒、先輩になったんだ」 「教えられること、殆ど無いけどね」  なんて喋っていたら、女の子が入って来た。  少ないけど女の子の会員もいるとは聞いたが、ここで姿を見た事はほとんどない。しかも、かなり男臭いし、硬派な感じの人が多いので、あまり長く続く女の子がいないらしい。細々ながらも一年続いた私は、長い方だと言う。  それでいて、まだサンドバックもまともに叩けない程鈍臭いのも珍しいらしく、見かねた会員さんがアドバイスしてくれたり、弱々しい蹴りを受けてくれたりする。  その女の子は、私と同じくらいの年だろうか、初めて見る顔だ。ハーフトップから覗くお腹は引き締まっており、一年通っている私より相当鍛えられている様に見える。 「女の子、久し振りに見た」 「ああ、あの子も三月末くらいから来てるよ」 「そうなんだ。話したことある?」 「挨拶とか、質問ぐらい」 「いい体してるね」 「その言い方もどうかと」 「私も、彼女くらい目指そう」 「…人には向き不向きってもんがあるからね」
/1303ページ

最初のコメントを投稿しよう!

44人が本棚に入れています
本棚に追加