Mr.Lonely black dog,Miss Tiny stray cat.

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 五月の最終週、いよいよ実習が始まった。  私が実習先に申し込んだのは、M市内にある整形外科の個人病院だった。院長先生と弟さんがお医者様で、院長先生の奥様が看護師長、院長先生の妹さんが医療事務と言う、がっつり家族経営のクリニックだ。やはり整形外科医の息子さんはインターン中で、今は都内の総合病院にお勤めしているが、ゆくゆくは跡を継ぐ為に戻って来るのだとか。  入院病床は三十床あり、リハビリ専用の訓練室もある。院長先生の弟さんがリハの専門医で、理学療法士が四人、作業療法士が三人いた。  病床数に対して療法士が多い気もしたが、退院後の通院患者も受け入れているので、中々に忙しそうだ。大掛かりな手術が出来ない代わりに、高齢者の治療や、肩や腕、指などの細かい手術に力を入れており、その為に、割合的に作業療法士が多いらしい。  今回は一週間の見学実習で、実際に患者さんに触れることは出来ず、仕事の流れや雰囲気を掴むのが目的だ。  科長は、小柄だががっしりした体つきの五十歳くらいの男性で、穏やかな顔つきが患者さんに安心感を与えていそうな感じの人だった。 「科長の浅見です。穂坂さんだね」 「はい、よろしくお願いします」 「今回は見学のみだけど、実際の患者さんを見るのは、学校の授業と全然違うってわかるから。色々吸収してってね」 「はい」  分院では訓練室の中に事務のカウンターがあったので、皆が訓練するのを横目で見ながら仕事をしていたから、大体の雰囲気は覚えていた。  でもあの頃は、車椅子を押させて貰うことすら出来なかったけど、これからは私も治療する側になるんだ。 「おーい、野本さん」 と科長が、訓練室にいた女性に声を掛けた。 「実習生来たよ。色々教えてやって」 「はいはい、いらっしゃい。OTの野本です。よろしくね」 「都立専門学校から来ました、穂坂です。お世話になります」 「レベル高いとこから来たな。こっちが色々教えて貰いたいかも」  野本さんも、大らかそうな、三十代半ばくらいの女性だった。 「今二年生だっけ?」 「はい」 「ちっさいなぁ、トランス出来る?」 「頑張って練習してます」 「コツ掴めば簡単なんだけどね」  千冬さんも、編み物を教えてくれた梓もそう言った。でも私はそのコツを掴むまでが大変なので、地道にやっていくしかない。
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