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「あ、直りました。ありがとうございます」
「これ、何の資料?」
遠宮さんが、私がコピーしていた書類を手に取って尋ねた。
「リハの勉強会のです」
「そういうのあるんだ」
「はい」
「へえ…“虚血性心不全における心臓血管リハの効果と経過について”。面白そうだね。オレも聞きたい」
「多分、科外の人は…」
「ダメ?」
「前例がないので、私には何とも…」
「そっか、残念」
その時、背後のカウンターから中野さんのわざとらしい咳払いが聞こえたので、遠宮さんは中野さんに会釈をし、図書室を出て行った。
コピーを終えて図書室を出ると、遠宮さんが、廊下の壁に寄り掛かって立っていた。
「遠宮さん?」
「リハの訓練室、行っていい?」
「え?」
「勉強会には出ないから。何処にあるかだけ、教えて」
「あ、はい」
私の配属されているリハビリテーション科の訓練室は、病棟の増加や医事課の拡張の度に移転を余儀なくされている、流浪の部署とも呼ばれている。私が就職した頃は地下にあったが、医事課のデジタル化の機材を置く場所を作る為に三階へ移転し、その後、法令改定に伴い新生児集中治療室を増やす為に、現在の二階の、入り組んだ廊下の奥の場所へと移動した。
今の場所は元々倉庫だった様な気がするが、訓練室になる以前は近寄ったこともない場所で、要するに、患者さんは元より職員でさえ、用が無い限り立ち入ることの無い区域だった。
急性期病院なので、リハビリを受けるのは手術直後の入院患者のみで、外来患者は特例を除いては受けていない。重傷者は看護師が送って来るが、自分で移動出来る患者さんは、病室から訓練室までリハビリを受けに通うのだが、今の場所に移転して以来、ここへ来るまでが訓練の一部だとまで言われてしまっている。無駄に広い病院なので、リハ科はれっきとした診療科でありながら、陸の孤島の様な扱いを受けていた。
その静かなリハビリ室に話題の人物が立ち寄ったものだから、室内にいたスタッフが一気にざわめいた。
「あれっ、遠宮くんじゃん」
リハ科の副主任の小谷さんが声をかけた。彼は古株で、誰に対してもフランクに話しかけるので、院内にも知り合いが多い。
「リハ科って、こんなとこにあったんですね。初めて来た」
と、遠宮さんは、珍しそうに訓練室を見回していた。
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