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Lv.133 決戦は金曜日 その4
後日、吉太郎とアポが取れた礼治は晶と共にスメラギ・エンタープライズ本社ビルの前にいた。
「ちょうど、非番で良かったぜ。それにしても・・・デッケェビルだなぁ~」
「一人だったら、気後れしてたかもな・・・行くぞ、晶!」
「おう、礼治!」
まるで魔王の待つ城へ攻め込むかのように、二人は息巻いてビルに入った。
美人な社長秘書が案内してくれる・・・のかと、思いきや、現れたのはスーツ姿の磯野だった。
「あなたは『きめらぶ』の・・・磯野さんでしたよね?」
「覚えて貰えて光栄です、朝比奈先生。社長に何の用で来たか知らないけど・・・調子に乗ってない?たかが、売れない小説家ごときが世界トップレベルの人間に何の用かしら?」
何だか、素直に通してくれない雰囲気・・・晶は礼治と顔を見合せ「中ボスだな」と呟く。
「調子に乗るとか、乗らないとか低次元な話はしたくないんですよね。僕は美亜さんの為にも、社長と話をしなければならない!案内する気が無いなら、邪魔だけはしないで欲しい」
「言うじゃない・・・美亜様の為?興味が湧いたわ。ついてきなよ」
どうやら、案内してくれるらしい。そう思い、二人はホッと息を吐く。
「くだらない内容だったら、二人まとめて蹴り飛ばすからな?」
背を向けたまま、磯野はドスの聞いた声で礼治たちに告げる。
そういえば、中嶋ちゃんには負けてたけど磯野って娘もスゲェ蹴りしてたよな・・・頼むぜ、礼治!
晶は祈るような気持ちで、礼治の後に続く。
そして、磯野が社長室の扉をノックした。
「入れ」
広い社長、窓から差し込む光が吉太郎の頭皮に反射して三人の視界を奪う!
「くっ、眩しい!」
磯野は胸ポケットからサングラスを取り出し光を遮る。
ボディーガードたちがサングラスを着用している理由はこれか!?
「ふん・・・ワシの後光にあてられ、まともに前も向けんか?若造どもが」
そう言って、吉太郎がリモコンを操作すると窓シャッターが動き出し、天井照明が部屋を照らす。
吉太郎は椅子に腰掛け、机に肘をつき口元で両手を組む。
「何しに来た?まさか、美亜を嫁にくれとかほざくんじゃあないだろうな!?貴様ぁー!」
自分で言って自分で怒り出すファンタスティックな吉太郎に、流石の磯野も苦笑いを浮かべる。
が、礼治は一歩も引かず堂々と吉太郎を見つめて要件を伝える。
「単刀直入に言います。美亜さんを他の脳外科医に検査させて下さい。それと、この薬が本当に脳腫瘍の薬なのかも調べて頂きたいんです」
礼治は机に美亜の薬を置く。
全然、思っていた内容と違ったので吉太郎は目を点にした。
それを見て、サングラス越しに磯野は「あん、社長可愛い顔してるぅ」とデレッとする。
しかし、すぐに吉太郎は礼治を睨み付け圧をかける。
「若造、ワシの友人にあらぬ疑いをかけようと言うのか?」
その凄まじい圧に晶は一瞬、呼吸ができなくなる!
しかし!礼治は「はぁ!!」と気合いの掛け声を発して圧を弾き返す!
「ほぅ・・・デカくなったな、小僧」
どこかで聞き覚えのある台詞を言いながら、ニヤリと笑う吉太郎。
「確たる証拠はありません。ただ、偶然とは思えないんです。私の思い過ごしであれば、お詫びに何でも言うことを聞きます」
「ほう、何でもか?」
「美亜さんの為ならば!」
吉太郎は真っ直ぐな瞳で自分を見つめる礼治に、若き日の自分を重ねた。
「これが、若さ・・・か」
どこかで聞き覚えのある台詞を言いながら、吉太郎は目を閉じた。
「小僧。今言った台詞、くれぐれも忘れるなよ。ワシは忙しい、帰れ!」
調べてくれるか、ハッキリと返答しては貰えなかったものの手応えを感じた礼治は晶と共に一礼して去って行った。
二人が去った後、すぐに吉太郎はどこかに電話をかけて礼治が置いていった薬を手に取る。
「社長、どうするの?」
「美亜の主治医は、かつてワシの妻・・・和歌子と付き合っておった。最終的に和歌子はワシを選び、あやつは暫く行方を眩ました。それから数年後、再会した時には諦めてしまうのかと思っていた医者になっておった」
遠い目をして昔を懐かしむ吉太郎・・・しかし、どこか表情は曇っていた。
「美亜様を任せるくらいだから、信頼してるんですよね?」
「再会したあやつは、憑き物が落ちたように誠実になっとった。じゃが、かつては目的の為なら手段を選ばぬ黒い一面があった。故に、和歌子はワシを選んだと言っても過言では無い」
「表向きは友人を演じ、今でも社長を恨んでいる可能性もあるって事ですか?」
磯野の問いに吉太郎は答えず、シャッターの隙間を指で広げ外を見ながら言った。
「人の強さには、変わらぬ強さと変われる強さがある・・・あやつがどちらか、確かめるべきかも知れんな」
ビルから出た礼治と晶は、いつものカフェで一息つく。
「それにしても、美亜ちゃんのお父さん迫力ヤバいな。見た目、キューピーちゃんみたいなのに。てか、何でも言うこと聞くとか言って大丈夫なのか?」
「まぁ、命までは取られないと思うが・・・美亜さんの身の安全を最優先できれば、それで良いんだ」
「娘とは金輪際会わせん!って、なってもか?」
「杞憂に終わって、そうなったら・・・また、その時に考えるさ」
数日後、バイト先で礼治と美亜は同じシフトになりアイドルタイム中に軽く雑談をする。
「結局、お父様とは何を話したんですか?」
「美亜さんの薬が強すぎるんじゃないかって話をしたんですよ」
「あぁ、それでセカンド・オピニオンを行ったんですね」
「結果はどうでした?」
「検査結果が出るのに時間がかかるから、それまでは今通っている病院には行かないようにって言われましたよ。あと、違う薬を渡されました」
「そうですか」
「ふふ、先生って結構、心配性なんですね」
「・・・麗美さんや花音を見て、幽霊っていうのが存在する事を知っても、やはり大切な人には死んで欲しくないですからね」
言われた美亜も、言った礼治も照れ臭そうに笑いながら互いに顔を見合せた。
バイトを終えた二人は、いつも通り手を振りあって帰路につく。
帰り道を行く礼治の前に、すっかり見慣れた黒いセダンが停まった。
何台この車を所有しているのか少し疑問に思いながら、後部座席の窓から顔を出した吉太郎に会釈する。
「乗れ、朝比奈 礼治君」
言われるがまま、礼治は吉太郎の隣に座る。
「借りができたな。礼を言う」
頭を下げた吉太郎の頭皮に対向車のライトが反射し、またもや礼治は視界を奪われた。
「くっ、眩しい!」
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