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Lv.138 腐り行く愛の果てに
数日後、僕は新しいバイトと共にいつも通りコンビニで仕事をしていた。
「やあ、お兄ちゃん」
現れたのは、彼女の弟だった。
「これ、姉ちゃんに頼まれてた手紙。確かに、渡したよ」
受け取った手紙は帰宅してから読むことにした。
「先生が、この手紙を読んでいるという事は私の手術が失敗した、という事です。万が一の事を考えて書いた手紙なので、簡潔に書かせて頂きます。私が死んでしまっても、先生の作品の中で生き続けられると思えば、手術を受ける恐怖もさほど感じません。良い作品になる事を心より願っております。私は、先生に会えて本当に良かった」
とてもじゃないが、信じられない内容だった。
質の悪い悪戯だと思い、僕はすぐに彼女にラインを送った。
しかし、それに既読がつく事は無く・・・その数日後、彼女の家族から連絡が入り、僕は通夜に参列し彼女と最後の夜を過ごした。
それから、僕は彼女と約束した小説を一心不乱に書いた。
あれだけ頻繁に集まっていた仲間たちとも、連絡を取り合う事もなくなり、いつのまにか疎遠となった・・・それも仕方がない事だろう。
各々が、きっと心の整理をしているだろうから。
そして、瞬く間に季節は過ぎ、冬を迎えた。
ふと、窓から外を見てみると雪がちらついていた。
「そういえば、もうクリスマス・イヴか・・・早いものだな」
君と二人で歩いた道も、君と二人で食べた朝食も、君と二人で座ったソファーも、同じであって、全く違うモノでしかない。
小説は、もう少しで書き終える。
一番読んで欲しかった君がいないのに、この小説にどれだけの意味があるのだろうか?
それでも、約束だけは守りたい・・・そして、書き終えたら僕は君に・・・
ピンポーン
インターホンのチャイムが部屋に鳴り響く。
こんな時間に誰だろう?
正直、煩わしく思いながらドアを僅かに開けて誰が来たのか覗きこむ。
「せっかくのクリスマス・イヴなのに、一人で過ごしてたんですか?」
そこにいたのは、何度も何度も見てきたブレザー姿のミアさんだった。
僕は「とうとう幻覚を見るところまで来たのか」と眼鏡を外して手で顔を覆い上を向く。
「何やってるんですか、先生?寒いんで、中に入れてくれませんか?」
「なんてリアルな幻覚・・・じゃないのか?今、ドアを開けますから」
ミアさんを部屋に入れた瞬間、少し部屋の温度が下がった気がした。
「あんまり、変わって無いですね。先生の部屋・・・女っ毛が無くて安心しました」
そこにいるのは、いつも通りのミアさんで僕は盛大なドッキリにかかっていたのか?と、この状況に疑念しか持てなかった。
そんな心持ちのまま、周りを見渡すミアさんを見つめ続けていると何度か見た膨れっ面で僕の方を向いた。
「気の利いた言葉とか、無いんですか?私に会いたくなかったんですか?」
「会いたかったさ。でも、こんな大がかりなドッキリを仕掛けるなんて・・・悪趣味にも程がありますよ。僕が、どれほど涙を流したかわかりますか?いっそ、ミアさんがいない世界なら僕の方から会いにいってしまおうかと何度も何度も思ったかわかりますか?それでも、約束した小説を完成させるまではと、踏みとどまって今日まで生きてきたんですよ」
僕の言葉を聞いたミアさんは悲しそうな顔で側に寄り、僕の手を握った。
その手は、冷たくも暖かくも無い・・・どこか無機質な感覚が伝わってくる。
「私が死んでしまったのは、嘘ではありませんよ。先生に会いたくて、会いたくて、化けてでてきてしまいました」
本当は、そうでなければ良いなと・・・心のどこかで察していた。
でも、あまりにも非現実な現実を受けとめる勇気がなかっただけだった。
だから、僕はもう何も言わずミアさんを抱き締めた。
ミアさんも、それ以上は何も言わなかった。
僕らは深い口づけを交わし、二つ目の約束を交わす。
獣みたいに息を荒げる僕と、溜め息を漏らすように甘い声で喘ぐミアさん・・・朝になるまで、お互いを求め合った。
目が覚めてベッドから身体を起こし、隣を見たがミアさんの姿は無かった。
全ては夢だったのだろうか?
小説の続きを書かなければ・・・眼鏡をかけて気だるい身体に鞭を打ち、パソコンディスクへ向かう。
どうも、左目の焦点が合わない・・・視界が左右ズレている。
妙だと感じ、洗面所の鏡に自分の姿を映すと・・・僕の左目は明後日の方向を向いており、ドロッと前方に飛び出ていく。
そして、そのまま床に腐り落ちた。
痛みは無く、熟れた果実が自然と土に還るように溶けて消える左目を残る右目で見つめていた。
空洞になった左目には、変わりに深い闇が漂っており血の一滴も出ない。
幽霊と交わった人間がどうなるのか、僕は検索して調べてみた。
どうやら身体の一部が持っていかれるらしい。
それなら、なおのこと早く小説を完成させなければ・・・右目も無くなってしまうと書けなくなる。
愚かな僕に、ミアさんを拒絶するという選択肢を選ぶことはできなかった。
次のチャイムが鳴ったのは、丑三つ時で僕は完成した小説を担当してくれている編集者に送信する。
急いでドアを開けると、昨日より暗い表情のミアさんが佇んでいた。
心なしか、視線は空洞になった左目に向いているように感じる。
「ごめん、ドア開けるの遅くなって」
「幽霊はドアさえ開けなければ、入ってこれないんですよ?」
「壁抜けとかしないの?そういう設定なんだね・・・知らなかったよ」
僕は入ろうとしないミアさんの手を強引に引き、部屋に入れてドアを閉めた。
「先生・・・良いんですか?」
「小説は完成したよ。僕らの生きた証しが、この世に残る。愛し合って生まれた子供みたいに・・・それで充分だろ?」
「先生は、本当にそれで良いんですか?」
「僕は逃げる気も無いし、ミアさんを逃がす気も無い・・・嬉しくないのかい?」
「ごめんなさい・・・嬉しいです」
ミアさんの瞳から溢れた涙が零れ無いように、僕は唇でそれを掬う。
そして、また抱いた。
次に目を覚ますと、ミアさんの姿は消えていなかった。
目を覚ますのを待っていたかのように、隣で僕を見つめている。
疲れて眠りに落ちるまで、またひたすらに抱く。
当たり前のように繰り返し、繰り返し、何度も何度も愛し合う。
数日が過ぎた頃には、もう僕の身体はベッドの上で腐り果てていた。
それを、僕はミアさんと一緒に天井から眺めている。
「孤独じゃない、孤独死ってあるんだね」
僕は最後に君に笑いかけ、手を伸ばす。
君は少し申し訳なさそうに、その手を取った。
僕らは手を繋ぎ、ここでは無いどこかへと消えて行く・・・もう、この手を離す事は無い、離れる事も無い。
永遠に・・・
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