Lv.9 恐怖克服計画

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Lv.9 恐怖克服計画

我ながら、情けない・・・失態を悔いても時は戻らない。 礼治は中嶋の言葉を思い出しながら、小説の続きを作成しようとノートパソコンを開く。 しかし、文章を打ち込もうとすると昨日の骨の森の恐怖シーンが頭を過り身体が震えて全く捗らない。 「ヤバい・・・今までみたいにできなくなってる!」 頭を抱える礼治の耳にインターホンの音が聞こえてきた。 ドアの覗き窓越しに、暗い表情の美亜の姿があった。 「す、皇さん?忘れ物でもしましたか?」 ドアを開け、問いかけると美亜は礼治を見つめながら言った。 「昨日、頭を打ってらっしゃったので大丈夫かなと心配になって」 外は雨が降りだし、肌寒い・・・とりあえず、礼治は美亜を部屋に入れた。 お茶を用意し、ちゃぶ台を間に挟み向かい合う二人。 美亜はノートパソコンに文章が打ち込まれているのに気付き、礼治に問いかけた。 「もしかして、お仕事中でしたか?」 「えぇ、そのつもりだったんですが・・・どうも上手くいかなくて」 「文章が浮かばない、とかですか?」 「それが、文章を打ち込もうとすると身体が震えてしまって・・・どうやら、僕はホラー小説家なのにホラーが苦手だったみたいです」 苦笑いを浮かべる礼治に、美亜は疑問を投げ掛ける。 「でも、今まではできていたんですよね?」 「はい、自分で考えた恐怖シーンはあくまで自分で考えた作り話だとわかっていたので、一度も怖いと思った事はなかったんです。昨日、体験した自分が考えたモノじゃないホラーは、妙に現実味があって思い出すだけで震えがきてしまいます」 礼治の話を聞いた美亜は、自責の念に駆られた。 「こうなってしまったのは、私のせいです・・・そうだ、一緒に恐怖を克服しましょう!」 「恐怖を克服?」 「はい、もう少し恐怖の度合いを落とした媒体で少しずつ恐怖に耐性をつければ、きっと今まで通りに小説を続けられますよ!」 「・・・そうだね。皇さんをモデルにした作品の約束もあるし、頑張ってみようかな」 前向きな礼治の言葉を聞き、暗い表現だった美亜に笑顔が戻った。 「良かった!私、絶対に先生がホラー小説を続けられるようにしますね!」 「ありがとう、情けないけど頼らせてもらうよ」 こうして、二人のホラーで淡い関係が始まった。 「とりあえず、毎週金曜日は一緒に仕事をして土曜日は休みをとりましょう!」 「なんで?」 「金曜日の夜はホラー克服dayにして、土曜日は頑張った先生に御褒美dayとして私が尽くしてあけます!」 「ちょっと待って、皇さん。まさか、お泊まりするつもりですか?さすがに、それは・・・」 「そうと決まれば、話は早く鉄は熱いうちに打て!準備にとりかかりますね!」 立ち上がった美亜は、颯爽とドアを開けて立ち去った。 後ろ姿を見送り、ふと空を見上げると虹がかかっている。 「雨、止んでたんだな。それにしても、暴走気味に感じたが・・・大丈夫かな?」 礼治の心配を余所に美亜は脳内でプランを組み立てていた。 この日は、ちょうど土曜日で日曜日は礼治はバイト、美亜は休みだったので顔を合わせる事無く月曜日を迎えた。 美亜は昼休みに、磯野と中嶋に今後のプランを相談した。 「先生、ショックでホラー小説が書けなくなったんですか?」 中嶋は美亜の話を聞き、ほとほと呆れた。 憧れていた携帯小説家の情けない姿に幻滅した中嶋からすれば、美亜がそこまでする必要は無いと思っていた。 逆に磯野は興味津々で、美亜に問いかける。 「美亜様、土曜日の御褒美って何をするんですか?まさか、エッチな事じゃないですよね!?」 磯野の言葉を聞き、美亜は顔を紅潮させ中嶋は口に含んだお茶が気管に入りむせ返る。 「げほっ!げほっ!ちょっと、磯野!何を言い出すのよ!」 「だって、男が喜ぶ御褒美って聞いたら、それしか無くない!?」 「わ、私と先生は交際してる訳じゃないので!そういう淫らな事は・・・しない予定です」 「美亜様、お気を確かに!あんな情けない男に気を許してはいけません!」 中嶋の発言を聞き、美亜は眉をしかめた。 「先生は情けなく無いわ!現に私を助けてくれた、勇気ある男性なんだから!」 美亜は礼治に興味を持つきっかけとなったエピソードを二人に話した。 「へぇ~そんな事があったんですね。大人の対応というか、ある意味スマートで良いんじゃない?」 磯野は肯定的な意見だが、中嶋は苦虫を噛み潰したよう表情で美亜の話を聞いていた。 「とにかく!私達はまだ学生ですから、くれぐれも一線を越えるような軽率な行動は謹んで下さいね!」 磯野は彼氏とガンガンセックスしているので、中嶋の言葉に苦笑いを浮かべる。 「まぁ、美亜様の頑張りでホラーを克服できればハッピーエンドですし頑張って下さいね!」 そう言いながら、急に磯野は美亜の手を握った。 そして中嶋に気付かれないよう、こっそりとあるモノを手渡し美亜の耳元で呟く。 「これ、お守り変わりです。そういう雰囲気になったら、絶対に使って下さいね」 美亜は手を開き、磯野から渡されたモノを確認し・・・再び顔を紅潮させた。 「これって、コンドー・・・」 「美亜様、近藤がどうかしましたか?」 「何でも無いよねー!美亜様?てか、次の授業って美術の近藤だけど何かアノ先生、視線が嫌らしく無い?」 話を誤魔化すネタにされた近藤先生が少し可哀想だが、そんなこんなで美亜の『朝比奈先生、恐怖克服プロジェクト』は着々と準備を進めていくのであった。
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