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あれから三年の月日が流れていた。
久々に目にした清之介は、前に比べるとはるかに大人びていて、小夜子が知っている清之介よりも苦労のせいか顔つきが少し変わっていた。
今の清之介なら姉弟などと間違われるはずもないだろう。
川の流れる水音と近くに迫る山のざわめき以外に音はなく、深々と雪は降り風が湯の表面を走るたび白い湯気を巻き上げる。
火照った頬に冬の夜の風がすり抜けていく。
小夜子はもう一度空を見上げた。
低く結った髪が湯に浸る。
岩陰から張り出た桜の木の枝にも雪は降りつもっていた。
「こんばんは」
男湯からまた声が聞こえた。誰か別の客が入ってきたらしかった。
「こんばんは」
「まただいぶ雪が降ってきましたね」
「そうですね」
男が湯に入った様子はなく、脱衣所辺りで何やら道具を出し入れしている気配で、清之介が話をしているのは客ではなく宿の主人らしかった。
「傘を出しておきました。寒いですから、よく温まってからお上がりください」
「ありがとうございます。あの、そこに飾られている白い花はなんという花でしょうか」
「ああ、これは椿ですよ」
「椿……。昔、よく遊びに行った人の家の庭先にたくさん咲いていました。赤い色ばかりだと思っていましたけれど、白い色もあるのですね」
小夜子の脳裏にも、実家の庭の艶やかな深緑の葉と赤い椿が思い起こされた。子供だった頃には当たり前に思っていた景色が、今は悲しいほどに懐かしい。
遠ざかる足音に宿の主人は帰っていったようだった。
小夜子は女湯の脱衣所の隅に、赤い椿が飾られているのにふと気付いた。
男湯に白、女湯に赤い花を飾っているらしい。清之介にそれを教えてあげたくて、花を一つ手に取ると、宿へ続く石段にそっと置いた。
子供っぽい悪戯心に久々に心が晴れて、小夜子は上がっていった。
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