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___時は再び現在。
早朝稽古が終わった、朝飯時の神楽殿。
「どうじゃ、舞の三郎、ここ1か月の祝い事は?」
師匠は今日も朝から赤飯を食べる。
毎日、毎日、祝うことが仕事だからって縁起かつながくてもいいだろうに。
だから俺は断固として麦飯を食らう。
それが、せめてもの抵抗だ。
「はい、師匠。なんだか減ってきているように思います。」
三郎の寂しそうな声。
師匠は俺にあからさまに見えるよう
手に持ったお神酒をぐびりと喉に流し込んだ。
やれやれ、どんだけめでたいんだ。
俺は二人のやり取りをうんざりしながら聞き流し、天井の梁を眺めた。
「最近は、妖の襲来も激しくなってきてるからな。お祝い事が少なくなってきているように感じるのう。民も毎日に余裕がなさすぎて、特別な瞬間を作る気持ちが薄まってきているんだろう。でもな、祝う瞬間をつくることでしか、見えないものって確実にあるんだがな……。」
そう、つぶやいた師匠の顔は珍しく元気がなかった。
「あぅ……。」
隣で静かに汁物を啜っていた歌子も寂しそうにうなずく。
しびれを切らした俺の口は勝手に言葉を放つ。
「師匠、そもそもこの『おめで隊』って、何でこの世に必要なんすか?」
「剣兄!やめろよ。」と三郎。
「お前はだまってろ。
師匠、俺は納得がいかねえ。こんな殺伐な世では祝う事よりも、むしろ悪い奴を切って切りまくる方が
今の世に求められている事だと思いませんか?」
黙ってコトリと箸を置いた師匠の眼光が俺を貫く。
「ふん、いつも自分の事しか考えておらぬお前に教える必要などないわい。」
なんだと!このくそ爺!
「ごちそう!」
苛立ちを隠すことなく、一目散に俺は神楽殿を飛び出す。
その園庭にそびえ立つ、大きな大木の枝にひょいと足をかけて、いつものようにかけ登った。
上へ、また上へと。
まるで忍者のように。
気持ちを落ち着かせるときは
いつも俺は木に登る。
登ったと思ったら、また別の木へ飛び移り、
綱をはった遠くの木へは、綱渡り。
こんな事をいとも簡単に躊躇せずできる身体能力が悩ましい。
まさか、この能力を買われて、おめで隊に入れられたんじゃ……、想像しただけで身震いがする。
登りきった木立のてっぺんからは、遠くの村々まで見渡すことができた。
澄み渡る五月の風が火照った体を冷ましていく。
どこかの剣術道場から鍛錬を積む声も風にのって聞こえてくる。
ふん、お前らがどんなに鍛錬積もうが、俺の剣術に勝てる奴はいない。
妖など俺一人で十分だ。
「早うおりてこ~い、曲芸の剣介!庄屋様の赤坊の初節句にお呼ばれしたぞ。祝いめでたの出陣だ!」
地上から俺を呼ぶ、バカでかい師匠の声で我に帰る。
更に次に放った師匠の一言、
いや駄洒落で俺は一瞬木から滑り落ちそうになった。
「今日のお祝いは多いわい!」
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