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「何だったんだ……あの人」
巫山戯ていたと思ったら、いきなり真面目になって少しだけ怖かった。ずっと巫山戯て貰っていた方が良かったのかもしれない。変な矛盾を感じながら、僕は自宅のアパートを目指して走った。時間は僕が迷い込んだ時から、一分も経っていなかった。
『本当にその人が居なくなったら、お前は一生懺悔する事になる』
その言葉がずっと頭から離れてくれない。怖くて堪らない。自分の言った言葉が原因で、人が死んでしまうなんて信じたくない。
言葉は言わないと人には分からない。けれど、言ってはいけない事だってある。自分がどれだけ苛立っていても、悪くないと思っていても、言葉は……『言霊』は凶器になる。
そうあの人に教えられたから、自分に刻まれたから今すぐ母親……お母さんに会いたかった。
アパートの二階、階段を上って一番端に位置する部屋。今日は仕事で遅くなると朝に言われていたから何の期待も無しに、ドアノブに手を掛ける。開いている筈が無いと思っていたのに、そのドアは軋んだ音を立ててゆっくりと開いた。
「あれ、駿?いつも遅くなるのに今日は早いんじゃない?」
お母さんの声が居間から聞こえて、目から決壊したかのように涙が溢れ出す。いつまでも上がって来ないのを不思議に思ったのか、玄関までやってくるとギョッとした顔をされて服の袖で涙を拭われた。
引き攣ったような声が僕の口から出てくる。
「『ごめんなさい』……」
「…………」
「今まで……『ごめんなさい』。死んで、欲しくなんて……無いから」
お母さんは何も言わずに、頭を撫でて来るだけだった。手の温もりから怒っていないのが分かる。
暫く、ここから動けそうには無かった。
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