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「帰ったな」
俺は玄関の引き戸を閉めて、部屋に戻って本に埋もれる。いつもはヨレヨレの会社員やら、死にかけの婆さんばかりが来るのに今日は珍しく学生がやってきた。前に学生の相手をしたのは九十年ぐらい前だ。
学ランにトンビを纏った大学生ぐらいの奴で、其奴は確か『いつまでも幼馴染みに告白出来ずに、向こうが見合いで結婚しそうになっている』と言われたんだった。
こっちからしたら『知るか根性無し』となるけれど、俺は『言葉屋』で自営業。相手をしないと生きていけない。俺なんて恋人は遠い昔に一人だけ居たっきりで、そんなに経験が無い。だから取り敢えず大声で激励を送って、『言霊』を売って、先程の学生のように背中を突き飛ばして帰した。それから、大学生の音沙汰は無いからどうなったかは知らんが。
「なぁ……俺はどうしたら、もう一度お前に会える?」
積み上げられた本が寝転がった俺に降り積もるのを感じながら、臙脂色の和綴じ本をなぞった。俺がこの本の中に入ったら、会う事が出来るのだろうか。
言葉は雪のように降り積もるものだ。小さな傷口が言葉によって広げられ、沢山の膿を出す。それが広がってどんどん自分が黒く染る。言っても言われても、その繰り返しだ。
例え謝罪をしても、刺さった小さな棘までを取り除く事は不可能。時間が経ってもふとした事で思い出すのは、それが原因だ。俺が『言葉』が一番の凶器になると考えているのは、その為だった。
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