発端

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「入って良いよー」 「……し、失礼します」 襖を開けると、そこは物凄く散らかった部屋だった。いやそれだと少し違くなる。その部屋は。近年見る事の少なくなった和綴じ本が主で、天井に付きそうな程の高さの本棚は壁という壁にあり、その中には洋書がみっちりと入れられている。畳の上も本だらけだったが、唯一文机の上だけは綺麗だった。 ……何故か急須と茶葉だけが置いてあるけれど。文机の役割を果たしていない。 「そんなとこに突っ立って無いで座ったらー?」 「え、いや、でも」 「あ、本の上には座るなよ?本が(けが)れるから」 僕はどうする事も出来ず、本と本の間に座る形になった。僕にずっと気怠そうに接してくる男。見た目は若そうに見えるが、凄く疲弊している感が否めない。 藤色の着流しに黒い羽織り。ボサボサの黒髪は伸ばしっぱなしで後ろで乱雑に結んでおり、前髪で両目が隠れていて視界があるのか分からない状態。 不審者のように見えるその人は、急須を傾け茶を放置されていた湯呑みに注いでそれを僕に出す。彼が口を付けたものだろうか。あまり僕は口を付けたくはない。仮にも客人という位置に居そうなのに。 「でさ、何の用?」 本と本の間に胡座をかいてこちらを見詰めてくる男は、僕にそう聞いてきた。だから僕も答える。 「道に迷ってしまって……地図を見せてくださいませんか?」 「やだ」
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