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「へ?」
「だーかーらー、やだって言ったの」
「何でですか!僕、道に迷って帰られないんですよ!」
「だってお前、帰りたくないんじゃないの?矛盾してるじゃん」
痛いぐらいに心臓が跳ねた。僕はこの人に何も言っていない。名前どころか、自分と母親との関わりだって言っていない。なのに何故、この人は分かっているのだろう。……何故、見抜いたのだろう。
男は袖から扇子を取り出して扇いでいる。長い前髪が凪いでいるが、目は全く見えない。彼は暑いのかもしれないけれど、僕は不気味さのあまり体温が凍り付くのを感じた。
「あなた……一体何なんですか」
やっとの思いで不気味さの中から僕がそういうと、彼は嫌そうに口を歪めた。
「まず自分から名乗れよ。ねぇ?礼儀的にそうじゃない?」
「……日比谷駿です。高校二年生」
「へー」
自分から聞いてきた癖にその反応とは。段々とイライラしてきて、心中で敬称を付けるのも嫌になってきた。
そうすると男は扇子を閉じ、掌にパンと打ち付けて鳴らした。その音が異様に耳に残る。
「俺は『言葉屋』の店主だ」
「『言葉屋』……?」
「そう、ここは言葉を売る店。『言葉屋』だ」
男は口元だけでニヤリと笑って見せた。
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