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 そして今も雪がひらりと目の前を通り過ぎていった。一瞬、幻かと思うような、とてもかすかな白に、わたしはあのときの光景を思い出していた。とても幸せだったあの頃を。そんなことをしている場合じゃないと分かっているのに、つい手が止まる。   「……雪、降ってきたよ。あなたも見てるかな。明日の朝には積もるかもね」    話しかけても、今度は返ってくる声はない。ただ、しんしんと白い雪が増えていく。  はぁっと白い息が漏れ、ふと首をぐっと傾けて夜空を見上げた。何も見えないほどの暗闇なのに、月明かりに照らされているからか、その白さからか、たくさんの雪が視界に映る。空から幾筋も線のように流れてくる雪をぼんやり見ていると、上下の感覚がなくなっていくようだった。空を見上げているはずなのに、雪は空から地上に落ちているはずなのに、まるでわたしの方が暗い夜空に吸い込まれて落ちていくように感じていた。   ──落ちる、か……。わたしたち、もう落ちてしまっているのかもしれないね──    自虐的にそう思うと、わたしはふふっと笑ってから再び手を動かし始めた。
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