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包丁
夕飯は、焼き魚とクラゲの酢の物と、野菜たっぷりのコンソメスープだ。二人で作ったから、あっという間にできた。
「盛りかげんがわからないので、真由さんお願いします。」
「はーい、任せてください。」
真由さんはてきぱきと棚から食器を出して、盛り付けた。わりと大盛りだ。よかった、と香帆は思った。少食な家庭でごちそうになると、夜中にお腹が空いてしまうことがあるが、このボリュームなら大丈夫そうだ。しかもヘルシーだし。
「おかわりありますから、遠慮なく言ってくださいね。」
「はい。」
コタツで食べることになった。
なこちゃんも嬉しそうに座っている。
「じゃあ、いただきます。」
「いただきまーす!」
なこちゃんはもりもり食べた。
「お、なこちゃん、いい食べっぷりだねー。
おばちゃんも負けないぞ。」
香帆は酢の物を頬張った。
「かほおばちゃん、ほっぺまるまるー!」
「おばちゃんにぇ、ほう見へて、大食いなほよ。」
「おくちでたべたまま、しゃべったらいけないんだよー。」
「にょめん、にょめん。」
香帆となこちゃんが笑い合った、その時だった。
スターン!と音がした。
驚いて、音がしたキッチンをふり向くと、床に包丁が突き立っていた。
「え? な、なんで?」
「ああ、ごめんなさい。うち、よくあるんです、こういうこと。包丁のフックが浅くて。」
真由さんが立ち上がってキッチンへ行き、床から包丁を抜いた。
「………真由さん?」
包丁を手にしたまま、刃をじっと見ている真由さんに、香帆は声を掛けた。
「ああ、刃が欠けていないかと思って。
大丈夫だったみたい。」
「そうですか。」
真由さんが包丁をシンクの下の扉に付いたフックに掛け直して、コタツに戻ってきた。
そのあとはまた、和やかなひとときになった。
「じゃあ、帰りますね。」
後片付けも手伝って、香帆は言った。
「本当に帰るんですか?」
「かえっちゃうのー?」
二人から揃って引き留められたが、香帆はやんわりと、「これ以上は。」と断った。
「ちゅまんなーい。」
「つまんなーい。」
なこちゃんと真由さんは、二人して手を後ろに組んで、床を蹴る真似をした。
香帆は思わず笑ってしまったが、やっぱり帰ることにした。
真由さんとなこちゃんは、門まで出てきて、香帆が角を曲がるまで見送ってくれた。
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