深夜

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深夜

 その夜、夜中に香帆はまた泣き声で目を覚ました。 「なこちゃん……夜泣き、か。」  子供にはよくあることだ。  周りが神経質になると、かえってお母さんの負担になる。  香帆は眠り直そうとした。  ところが、泣き声はどんどんエスカレートしていった。  涙声で、 「おかーさん、おかーさん、どうして?」 と言うのが聞こえたとき、香帆ははじめて異常を感じた。  着替えて、真由宅に向かってかけ出す。 「なこちゃん! なこちゃん大丈夫?!  真由さん、落ち着いて!」  ドアを思いきり叩き、ダメモトでドアノブに手を掛けた。  すると、開いた。  香帆は飛び込んだ。  二人は月明かりだけの暗闇のなか、キッチンとリビングの境辺りにいた。  なこちゃんが泣き腫らした目で香帆を見た。  その片耳を、真由さんが引っ張っている。  こちらを見もしない。 「真由さん!」  香帆は、キッチンのテーブルを避けてかけ寄ろうとした。  ─── ガシャン!  膝に何か当たると同時に、香帆の足の指に鋭い痛みが走った。 「痛っ……」  手をやると、指のすぐそばに包丁が突き立っていた。  靴下がたちまち血で濡れていく。  いつの間にか、目の前に人影があった。  黒い影は言った。 「あなたが帰るからいけないのよ………。  ちょっと楽しませて、さっさと帰るなんて、鬼のすることだわ……。」 「ご、ごめん………なさい。」 「………泊まっていく?」 「…………」  影はくるりと香帆に背を向けた。  まさか、なこちゃんにまた何かする気では?! 「真由さん!」  香帆が叫ぶのと同時に、明かりが点いた。  ふり返った真由さんは、普通の顔をしていた。 「うわうわ、ごめんなさい、香帆さん!  包丁がまた落ちたのね。  手当てしないと。」  明かりの下で見ると、血はたいしたことなかった。香帆は靴下を脱いでみた。  親指の付け根が、浅く切れていただけだった。 「ああ、これくらいなら歩けます。」  香帆は言った。  すると、真由さんが言った。 「無理しないほうがいいわ。  今夜は泊まって? ね?  なこも喜ぶし。」 「え、えっと……」  真由さんは唇の両端を上げて言った。 「泊まって。─── ね?」  真由さんは香帆にくり返して言ったあと、ゆっくりなこちゃんをふり向いた。             了
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