ペンギンものまねメダリスト

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「ペンギンものまねチェッカー」  画面の文字をそのまま読み上げて、私は友人と顔を見合わせた。  縦長の筐体に組み込まれたモニターには、「タッチしてスタート」とも表示されている。指で触れてみると、それらの文言はすっと消えて、代わりに眠たげな顔つきで佇むペンギンの写真が表示された。  私は筐体の横手にある広大な水槽に目を向けた。透明な仕切りの向こうで、モニターの写真と同種のキングペンギン達が、緩慢な動作で岩場をぺたぺたと歩いている。 「ぐわぁおぐぁぐわぁっぐぉ」  駄々をこねる怪獣のような声が不意に聞こえて、私は肩を小さく跳ね上げた。  筐体のスピーカーから鳴ったその声は、ずいぶん耳に響く音量だったけれど、周囲の人々に気にした様子はなかった。多くの客で賑わう水族館のフロアにおいては、さほど際立つ音ではないようだった。 「キングペンギンはこんな風に鳴くんです」  説明を付け加える音声がスピーカーから流れた。 「真似してしゃべってみましょう。あなたのペンギン度が分かりますよ」  音声と連動するように、画面にピラミッド型の図が表示された。一番上の「そっくりさん」から一番下の「さっぱりさん」まで、声真似の出来を評する五つの段階が書かれている。  友人が私の肩に手を置いて、にっと口角を上げながら「やってみなよ」と勧めた。  束の間考えてから、私は友人の笑みに首肯を返した。鳥の鳴き真似はちょっと自信がある。最上層まではいかないにしろ、次点の「おとなりさん」くらいならいけるかも、という仄かな期待があった。  モニターに再び指先を伸ばすと、画面の中央にマイクの形をしたアイコンが浮かび上がった。私は腹に手を当て、喉周辺の動作に意識の多くを割きながら、ゆっくりと口を開いた。 「ぐわぁおぐぁぐわぁっぐぉ」  自分のものではないような、不可思議な響きの声が口から流れ出た。  息を吐きながら体の力を抜く。「似すぎ」と友人が大仰に褒めてくれた。  画面には「採点中」と表示され、円形のアイコンがくるくると回転している。その状態のまま、しばらく何もない時間が流れた。  友人が「遅いなぁ」とぼやいた途端、爆発するような音量で、筐体からオーケストラの演奏が流れ始めた。  ファンファーレめいた明るく壮大なクラシック音楽をスピーカーから吐き出しながら、筐体はガタガタと振動していた。呆然と眺めているうちに、筐体の上部がギギギと音を立てて左右に開いていき、中から透明なプラスチックの箱が現れた。  こわごわと箱に顔を近づけてみると、リボンのついたメダルが入っているのが見えた。 「驚いた! まさか最終段階に到達する方が現れるとは……」  叫ぶような甲高い声が背後から聞こえた。振り向いてみると、目を丸々と広げ、あんぐりと口を開いた水族館のスタッフが立っていた。 「どういうことですか」  私が早口に尋ねると、スタッフは「これは隠し機能なんです」と戸惑ったように声を震わせた。 「採点の結果、最高評価の『そっくりさん』をも超えた、本物のキングペンギン級の声だと判定された場合、この箱が現れる仕組みになっています。といってもまさか、実際にそんな声を出せる方がいるとは、思ってもみませんでしたが……」 「なるほどね」  神妙な表情で何度も頷きながら、友人が言った。 「似すぎって思った私の感覚は、間違いじゃなかったんだ」 「あれって、大袈裟に褒めてくれたんじゃ……」 「いえ、私も聞いていましたが、似すぎでした。人間の声とは思えなかった」 「だよね」 「ですね」  友人とスタッフは固く握手を交わした。  気恥ずかしい気分で二人から視線を逸らすと、周囲に人が集まってきている様子が目に入った。私達の会話が聞こえていたのか、「ペンギン」「似すぎ」「人間とは思えない」といった言葉があちこちで囁かれている。 「さあ、これをどうぞ」  スタッフは箱からメダルを取り出して、リボンを私の首にかけた。間近で見るとメダルには、派手な字体で「I am a Penguin」と記されていた。 「You are a Penguin!!」  スタッフが大声で宣言するように言った。 「You are a Penguin!!」  友人が同じ言葉を繰り返す。 「You are a Penguin!!」「You are a Penguin!!」「You are a Penguin!!」  つられたように周囲の人々も囃し始め、フロア中を「You are a Penguin!!」の波が駆け巡った。  私は「I am NOT a Penguin!!」と否定の言葉を叫んだけれど、その声は大量の「You are a Penguin!!」に押し流されて、誰の耳にも届かなかった。  照れと羞恥に身を固くしながら、私は喝采に背を向け、ぎこちない足取りでその場を去った。  その姿はまるで、岩場をぺたぺた歩くペンギンのようだったと、後になって友人は語った。
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