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「(いやこの人何言ってんの!?日本語で頼む!!)」
心の叫びは口から出ることなく消えていく。運命とはつまり、何を指しているのだろうか。本当はなんとなく察しが付いているのだが認めてしまうのが怖い。
BLゲームの主人公が持つ力をなめていた。自分はとんでもない世界に転生してしまったのだと思い知る。
目を回しそうなほど混乱している遙希を知ってか知らずか、煌は動じることなく愛の言葉を囁いた。
「庭園に咲く薔薇のように美しく気高い君。その凛々しい眼差しに俺は一目で心を奪われてしまった。俺の愛を受け取ってもらえないだろうか」
歯の浮くような台詞に完全に言葉を失った。フランス人恐怖症になりそうだ。
そして遙希はハッとする。もしや自分は今、ルート分岐の選択肢を前にしているのではないか。
もし遙希の予想が正しければ、どう返答するかによって、今後のストーリーが大きく変わるはずだった。恐らくこの場合は煌の親愛度を上下させることになるのだろうが、煌と結ばれれば間違いなく組み敷かれて情熱的に抱かれてしまうだろう。それも超熱烈に。
それならば答えは一つだと、自分を奮い立たせてなんとか声を絞り出す。
「む、無理です…、すいません」
言い切った。はっきりと断った。
盛り上がりを見せていた大講堂は一瞬しんと静まり返り、今度は動揺の声がざわざわと広がった。
「煌様の告白を断った…!?」
「あいつ誰!?外部入試組か?」
「ありえない…」
周りの生徒たちを驚かせてしまったが、これで煌と恋人になるルートへの分岐は避けられたはず。
見ると、まさか断られると思っていなかったのか、ポカンと口を開けたままの煌がこちらを見ていた。容姿の整った人間は間抜けな顔をしても様になるのだから不思議だ。
なんだかこちらが悪いことをしているような気分だが、背に腹は替えられない。
怒らせてしまったかもしれないと身構えていると、煌は悲しそうに息を吐いて、再び笑みを浮かべる。しかしその笑みは先ほどとは違い、ニヤリと口角をつり上げた意地の悪い笑みだった。
「俺の求愛を拒むなんて、やはり君は美しく……面白い子だ」
たった今フラれたとは全く想像できないほど自信に満ちた顔をしている。変わらず右手はしっかりと握ったまま、はなしてくれなかった。
「(うっそだろ……この人喜んでる…)」
右手さえ自由だったらさっさと逃げ出してしまうのに。もう何を言っても裏目に出てしまう気がする。
手を振り払うことも、これ以上言葉で拒否することもできず。隣の悠が我に返って割り込んでくれるまで、まるで獅子に爪をかけられた兎のように静かに震えるしかなかった。
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