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 笑顔で遙希からアルバムを受け取った九条が、サッと移動して部屋の扉を開けた。先回りしてスマートに動く様子が、まるでドラマやアニメに出てくる執事か何かのようだった。  荷物を持って先に部屋を出る数馬に、遙希も後ろから続く。 「遙希君」  後ろから声をかけられて、背後の煌を振り返った。 「はい、なんです……」  遙希はすぐに振り返ったことを後悔した。ソファで優雅に足を組んでいる煌の瞳には、再び熱が灯っていた。  こちらを見つめてくる、熱をはらんだ美しい青の瞳に、目に見えない何かで捕らえられてしまったかのように動けなくなり、心臓が跳ねる。  目を合わせたまま固まってしまった遙希の様子に、煌は満足気に微笑んだ。 「もう少し、ここにいてほしい。君と話したいことがある。……二人きりで」  立ち上がった煌が、ゆっくりと近づいて来る。拒否しなければならないのに、体は言うことを聞かず、手が届くほどの距離で煌がふふ、と笑いをこぼした。  揺れる長いプラチナブロンドの髪が、光を受けてキラキラと輝いている。その髪の奥で細められた瞳は、捕らえた獲物に牙を突き立てようと疼いているように見えた。 「怯えることはない。俺はただ愛らしい君を、思う存分愛でたいだけだよ」  愛でる、という言葉に咄嗟に昨夜の情事を思い出してしまい、遙希の顔が赤くなる。そんな遙希の変化を見逃さず、煌の手が遙希の頬に伸びてきた。  優しくその感触を確かめるように頬を撫で、顎を持ち上げる。半ば強制的に上を向かされて、あっという間に視線を絡めとられた。 「もっと君の色んな表情が見たいな……。例えば……」  吐息すら感じられそうな距離で見つめてくる煌に、息をするのも忘れてしまいそうだった。  このままではいけない、流されてしまう。わかっているのに体は動かない。  どうすることもできず、煌の視線を真っ直ぐに受け、この後されることを想像して固まっていると、突然肩を引き寄せられた。 「わっ……!」  煌に引き寄せられたのではない。引き寄せた本人を見ると、不機嫌そうに眉を寄せた数馬の顔があった。  その顔を見た途端、かけられていた魔法が解けたように体が自由になる。 「か、数馬……」 「兄さん、遙希は入学式で兄さんを誑かした前科がありますから。僕が責任を持って連れて帰ります」  あの時も今も誑かした覚えはないのだが。煌は少し驚いた様子で、先ほどまで遙希に触れていた手を所在なげに下ろした。 「そうか……数馬がそう言うなら、仕方ない」 「また後日参りますので。今日は失礼します」  煌に何もされずに済んでほっとしたのも束の間、強引に腕を引く数馬に連れられて、遙希は生徒会室を後にした。  数馬と遙希が去った後の扉を閉めて振り返ると、不思議そうに己の右手を見つめる煌が立っていた。 「どうしました。貴方がそんな顔をするなんて珍しいですね」  見つめた右手を握ったり開いたりして、首を傾げて苦笑する。 「……数馬にあんな顔をされたのは、初めてだ」 「兄弟ですからね、似ているのでしょう」  ティーカップに紅茶を注ぎ足しながら、しれっと言う九条に煌は怪訝な顔を向けた。 「気付いていたのか」 「他人の感情の変化には、敏感なんです」  口に運んだ紅茶は一杯目よりも香りが増していて、甘い洋菓子によく合う。皿の上に残っているクッキーを一枚かじり、向かいに腰掛けた煌のティーカップにも紅茶を注ぎ足した。 「今回ばかりは、貴方でも勝ち目はないと思いますよ。あの二人の間には既に、信頼関係が出来上がっています」  二杯目の紅茶が渋かったのか、それとも違う理由があるのか、煌が眉を寄せる様子は先ほどの数馬そっくりだ。  悩ましげに額を手で押さえ、薄く開いた瞳の視線はテーブルの上に落ちる。 「まさか……これほどの強敵はいないぞ……」 「まぁ、生徒会の仕事に支障が出ない程度に、頑張ってください。徒労に終わると思いますけど」  九条は奥のデスクに手を伸ばし、上に置かれた書類の束を取って目の前のテーブルに広げる。一番上の一枚を手に取り内容を確認して、煌に差し出した。  それをじっと見つめてしばらく無言の抵抗を試みた煌だったが、やがて観念して、受け取った書類の一番下に署名する。  そうして、日が沈むまでお互い無言のまま、黙々と入部届の確認と署名の作業に没頭した。
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