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「(…目が合ってる?まさかな)」  ここから壇上まではそれなりに距離がある。身長も体格も平均的な遙希は煌から見れば森の中の木程度にしか見えていないはずだ。  ところが、何を思ったのか煌は突然マイクの前を離れ、壇上から降り、座席の間を縫って進み始めた。 「え?なになに、どうしちゃったの」  生徒会長が挨拶の途中で突然その場を離れたことに、会場がざわつく。  真横を通り過ぎる煌の姿に慌てふためく者や、神々しいものを見たかのように惚ける者、顔を赤らめる者など反応は様々。  何を食べれば王族でもない人間があれほどの気品を纏うようになるのか。ここまで露骨に育ちの良さが滲み出る人間も珍しいな……。などと呑気に考えながら眺めていると、その端正な顔がだんだん近づいてきた。 「待ってなんかこっち来てない?気のせい?」  悠は煌の纏う王様オーラにはたいして興味がないのか、むしろ怯えた様子で縮こまり遙希に身を寄せてくる。 「いやいや、気のせいだろ」  恐らく自分たちの後方に何かあるのだ、と遙希は本気で思っていた。そんな予想に反して煌は通り過ぎることなく、遙希の目の前で歩みを止める。  え、と思わず声をこぼして固まる遙希の顔を見つめて、煌は笑いかけた。彫刻のように整った顔がフッと緩む。  そして座っている遙希の足元に跪き、流れるような動きでその右手の甲にキスをしたのだ。  その瞬間、悲鳴と喚声で大講堂が揺れた。  全校生徒の前で王に親愛を示された遙希に対する嫉妬。遙希の右手に口付ける煌の美しい仕草に対する興奮。様々な感情の入り交じった叫びが飛び交う。  ただ、そんなものは一切耳に入らないほど、遙希の頭の中は大パニックだった。 「(は!?何で!?!?)」  何がどうしてこうなったのかさっぱり意味がわからない。この人は人違いをしているのではなかろうか。 「(今の俺のどこにキスされる要素があった?というか今どき跪いてキスってバブルの人でもやらないだろ。生きる時代もキスする相手も間違えてないか!?)」  ただしその美貌も相まって非常に絵になっている。相手が自分であることを除けば。  驚きと動揺のあまり、煌に握られた右手が震えて、振り払うこともできない。陶器のように滑らかな指から伝わる熱が全身を巡って、顔まで真っ赤に染め上げている気がした。  声すら出せず、餌を求める鯉のようにはくはくと口を動かす遙希に、落ち着いた低音で煌が語りかける。 「どうやら俺も、運命の出会いをしてしまったようだ」
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