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 スクールバッグから取り出した鏡を覗く。見知らぬ青年が驚いた顔でこちらを見つめていた。  大きな瞳を縁取る長い睫毛。薄いが艶のある唇。すべすべとした白い肌。女性と見間違えてしまいそうなほど繊細で中性的な顔。綺麗な顔だな、とどこか他人事のように思ってしまう。現実から逃避したい気持ちの表れだった。  バスの窓から見える景色は、都心を離れ郊外ののどかな風景に移り変わりつつある。  柏谷(かしわや)遙希(はるき)は、確かに死んだはずだった。それも、家族旅行中の不慮の事故という形で、あっさりと十六年の人生に幕を下ろしたはずだった。  どういうわけか一度下りたはずの人生の幕が再び上がっている。  一体どういうことなのか。鏡をバッグにしまった遙希はもう片方の手に持っていた学生手帳を開く。表紙には『薔薇学園高等部』と箔押しされており、中を開くと学校規則や学園の成り立ち、校歌などが記されている。ごく一般的な学生手帳だった。  手帳の文字を読んでいるうちに、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。今日は高校の入学式で、寮生活をするために大きな荷物を抱えてこのスクールバスに乗り込んだのだ。幸い現在の自分がどう生きてきたのか、今までの記憶は問題なく残っている。  どうやら自分は、入学式に向かう道中で、突然前世の記憶を思い出してしまったらしい。  蘇った記憶が正しければ、ここは前世で母がプレイしていた成人向けBLゲーム『Rose campus』の世界であり。自分はこの世界の主人公だった。
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