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清水先生への置き土産
目の前で停まった車は今流行りのアウトドアにピッタリのピックアップトラックだった。マッチョな清水先生は、行動もアクティブ系なのかなと、僕は車高の高い車に乗り込んだ。
「ごめん、待ったかい?寒かったろう?今日は早番だったのに、退勤前に色々書類の不手際があって。」
清水先生は眉を下げて申し訳なさそうな顔をした。僕はクスリと笑うと前を向いて言った。
「待ちましたよ。だから今日は奢ってくれるんですよね?ドクター?」
先生は参ったなとぶつぶつ言いながら、先生がよく行くという雰囲気の良いアットホームなレストランへ連れて行ってくれた。僕は久しぶりのレストランでの食事を楽しみながら、こんな食事ももう最後かもしれないと思った。
「どうした?何か寂しそうな顔してるから。」
僕は先生の人懐っこい目を見つめて言った。
「もうすぐ、こんな風にご飯も食べられないなと思って。」
先生はハッとすると、僕の言葉の続きを待った。
「先生は僕のこと、好奇心が刺激されるって言ってたでしょ。先生にはお世話になったから、僕の秘密を教えてあげようかなと思って今日来たんだ。」
先生は僕の顔をじっと見つめると、ため息をはいて呟いた。
「なんか、急に食欲なくなった…。慎くんの秘密聞いたら、きっともうこうやって会って話できないんじゃないの?聞かなかったらまた会ったり出来るのかな?」
僕はクスリと笑って言った。
「先生は流石だよね。一流の医者になれると思うよ。…僕はもう、先生に限らず、家族にも会えなくなるだろうから。」
先生はやっぱりかーと項垂れると、だったら秘密は聞かないと損だなと寂しそうに笑った。
それから僕と先生はすっかり寒くなった夜の公園の中を歩きながら、これまでの事を話した。全部すっかり話した訳じゃなかったけれど、先生は鋭いからほとんどの事を理解したに違いない。
「…なんか、俺の中の色んな事が覆りそうな話だよ。でもあの血まみれの慎くんを見てるからね。本当の事だって信じるしかない。そうかー、慎くんはジュリアンて人の所に行っちゃうのかー。
…実は俺さ、女の子が大好きなはずなのに慎くんのことが気になっちゃっててさ。ジュリアンて人に、慎くんが凄い愛されてるのわかる気がするんだ。まぁ、俺はお呼びじゃなかったって事だね。」
そう言って清水先生は寂しそうに笑った。
家まで車で送ってくれた清水先生は何か言いたげだった。僕はこの一見お調子者風にして、僕のような患者のために身を尽くしてくれている志の熱いこの先生に、もう二度と会う事がないんだと感じて一抹の寂しさを感じた。
「先生、もうお会いする事はないと思います。ありがとうございました。」
そう言って、感謝の気持ちと悪戯な気持ちで、運転席の先生の唇に柔らかく口付けると、車から降り立った。
先生はポカンとしていたけど、僕がお気をつけてと言うと諦めたように苦笑して去っていった。
「さようなら。慎くん、幸せになれよ。」
耳に残る先生の言葉を胸の中で響かせながら、僕はこれから別れの挨拶をいくつ交わす事になるんだろう。いくつ交わしたらジュリアンに会えるんだろう。そう思いながら寒空に浮かぶ星の瞬きを見つめた。
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