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シンの消えた時
ルカに説明を頼まれたローディは、私にお茶を飲むように促すと、自分でもひと口飲んで話し出した。話はこうだった。
あの時周囲に居た兵士らに聴き取り調べてみると、消える直前にシンは、例の呪文を叫びながら私に迫っていた敵の精鋭へ剣を振りかざしてた。そしてほとんど相討ちの様なタイミングでシンも剣で射抜かれたのは間違いない。けれど、その飛び散ったシンの血を包み込む様に眩しい光とは違う真っ白なモヤの様なものが発生して、それにシンが覆われる様に消えてしまった様に見えたらしい。
私はハッとしてローディの顔を見た。
「私の屋敷にシンが現れた時によく似てるかもしれない…。シンが突然屋敷に現れた時も白いモヤに覆われていたんだ。」
ルカが私の目を見つめながら言った。
「ジュリアン、私はシンにシンの世界について何度か話を聞いた事がある。シンはお前には帰りたいと思われると困るからって元の世界のことを話さない様にしてたみたいだけどね。シンの話だと、こちらで致命傷だとしても助かる可能性はあちらの方が大きい。
シンに白い魔法の加護が強く効いてるとしたら、命の危機だったからこそ元の世界に引っ張られたんじゃないか?そう考えたらシンがここに居ないのはかえって良いことなのかもしれないよ。ここにいたなら、きっと命を落としていただろうから…。」
私はうなだれて手で顔を覆った。もう気丈に振る舞う気力も無かった。
「…ああ、そうかもしれない。シンが生きててくれるなら腕の中で命を落とすより、きっとマシだろう。」
私は少し朦朧とした意識の中で、多分ルカに連れられて自分の幕内まで戻った様だった。そこからは泥に埋もれる様な重く深い眠りに身を任せた。久々に訪れる眠りの中は静かで、暗くて、光は感じられないけれど、悲しみもなく、只々暗闇でゆっくりと心を休ませている、そんな感じだった。
私が眠ってしまってから幕内で交わされた団長達の話は、後でルカに聞かされた。
「あの時、ローディはお前のために特別に調合した薬草茶を飲ませたんだ。そうでもしなければ、お前はきっと倒れるまで眠ろうとしなかっただろうからな。団長はしばらくお前は王都へ帰るようにと命じる予定だと言ってたぞ。
そもそもシンが現れたのも王都の屋敷だったろう?…しかしなぜお前の前にシンは現れたんだろう。偶然か?それとも理由があるのか?まぁ、ともかく、私も母君がうるさいからな、一緒に王都に帰るつもりだ。」
そう言って、ルカは私にニヤリと笑った。肩に置いたルカの温かな手に、私はしばしの慰めを感じて感謝した。
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