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僕の矢
フォーカス様が兵士長とカークを呼んだので、僕は早速弓を引く事になった。
僕は先程のカークさんの弓引きをイメージしながら、集中して自然の流れで矢を打ち放った。
打ち放った矢は鋭く高い音を上げて滑らかに的へと吸い込まれていった。
それを何本か続けた後、僕とカークさんは顔を見合わせて笑い合った。
「凄い!僕初めてここで納得のいく弓が引けました!」
「ああ、今のは最高の出来だ。シン君の弓は十分戦場でも役に立つぞ。」
僕はその時初めて気づいてしまった。
今までも、ここでの生活で前線で戦った兵士たちが傷付いたり、時には亡くなったりしているのを見聞きした。
でも自分とは関係がないと、どこかで思いたかったんだ。
でもカークさんの言葉で、僕の矢は的を射るだけのものではなくなった。
ここでは人の命を奪うために、身体を撃ち抜くための矢になったんだ。
僕は青ざめていたのかもしれない。
こちらを心配そうに見ていたジャック兵士長がフォーカス様を呼んだようで、気づけば傍にフォーカス様がいた。
「シン、どうした。」
「…フォーカス様。何でもありません。」
僕はこの場所で、どうしようもない事で、自分があまりにも動揺してしまった事を恥じた。
フォーカス様はしばらく僕を見つめていたけれども、小さく息を吐くと踵を返しながら言った。
「兵士長、今日はこれで引き上げる。シン、戻るぞ。」
ハッとして、僕は兵士長とカークさんにお礼を言うと、フォーカス様の後について戻った。
天幕に戻ると、フォーカス様は消音と鍵の魔法をかけた。
そして僕に向き直って言った。
「先刻、何を思った。シン、言いなさい。」
僕は青ざめていたんだと思う。微かに手が震えているのを感じた。
「…僕は、この世界ではない場所から来ました。それはフォーカス様もご存知です。
その世界にも戦いはあったけれど、僕の国は平和で戦いで人を殺し合う事はなかったんです。
僕の弓は儀式のようなもので、人の身体を貫くものではなかった…。
でもさっき気づいたんです。僕の矢は人を傷つけて、殺すものだって。
僕に出来るでしょうか。…僕は射てるでしょうか、人を射る矢を。」
フォーカス様は僕の顔を指先で撫でた。僕は知らぬ間に泣いていたらしい。
「…シン。お前の射る矢は、私を守るための矢だ。人を殺すための矢ではない。主を守るための矢だ。
その真実だけで十分ではないか?…シンの主は誰だ。」
真っ直ぐに僕を見据える暗く金色に光る瞳をみつめながら、僕は喉の奥がギュっとするのを感じながら言った。
「…僕のあるじはフォーカス様です。僕の射る矢は、我があるじ、フォーカス様をお守りする矢です。」
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