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香の知識
戦況は随分と落ち着いているらしい。幕内の慌ただしさが感じられない。
それでも戦術会議の話し合いは膠着状態だ。
僕は会議の空気の揺らぎを作ろうと、用意してあったお香に魔法で小さな火と風を起こした。
鼻の奥がスッとするミントのようなハーブと、頭をクリアにする柑橘の香りをブレンドしたものだ。
部屋に香が行き渡るにつれ、要人たちの顔がぐっと引き締まった。
フォーカス様は僕の方をチラッと見ると、そこからあっという間に戦術をまとめ上げた。
その手腕と頭の回転の良さは感嘆ものだった。
散会した後、フォーカス様は僕の目を覗き込んで言った。
「あの中でどれほどの人数が気づいたやら。シンの香が漂い始めてから、皆の目つきがハッとするほど変わった。
あの香はシンがブレンドしたものなのか?」
「はい。先日森に探索に行った際に見つけたものです。
僕の国ではあの手の香のブレンドはかなりの種類がありますし、身体に全く害はありません。
もし必要であれば、いくつかご用意しておきましょうか?」
フォーカス様はクックックと面白そうに笑いながら幕外に歩き出した。
「本当に私は良い従騎士を持った。今日は食事後特に予定がない。褒美として弓を引きに行こうぞ。」
「はい!」
僕は久しぶりに弓を引ける事になって思わず声に嬉しさが乗ってしまった。
普段は冷静沈着をモットーにしているので、すれ違った兵士たちがこちらを見た気がする。
「…シンは人の気持ちが色づいて見えるのだろう?多くの人間が集まる食堂は気が休まらないか。」
囁くように呟いたフォーカス様の顔を仰ぎ見て、僕はにこりと笑って言った。
「最近は自分なりに色を薄めて感度を鈍くできるようになりました。完全に遮断するのは危険察知のためにもメリットがありませんので、せっかくの能力を活かそうと思います。」
フォーカス様は僕を優しく見ると前を向いて歩き出した。
この砦でも剣豪と名高いフォーカス様は黒騎士団の筆頭参謀だ。団長、副団長に続く地位がある上に、フォーカス侯爵でもある。
恵まれた体格と、王都で噂される程の美丈夫だ。
銀色にきらめく髪は今日はキツく撫でつけられている。
堀の深い顔立ちの奥に鋭く光る、時に緑色が強くなる金色のはしばみ色の瞳はどこか猫科の大型獣を僕に思わせる。
僕はフォーカス様の後をお供しながら、その広い背中を見つめていた。
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