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白、何物にも染まっていない白。
白、何物をも塗り潰していく白。
どちらも一見は涼やかで美しく、きっと見た人は「綺麗」とため息をついてしまうだろう。この世には色があふれすぎていて、混ざりすぎていて、薄汚いから現実味を帯びない白を何も考えずに綺麗と思ってしまう。
けれど。
その白の下がどうなっているのか、誰も考えない。誰も見ない。目をそらして、背けて、見ようとなんてちっともしない。
真っ黒な空を分厚い雲が覆っていく中、ぼろきれのような擦れたコートのフードを被って少年は立ち上がった。誰もいない真夜中の裏路地、少年の横には少年の父親だったものが肢体を投げ出している。気温は氷点下になろうかというほどで、海沿いの都市にしては珍しく大雪になる予報だった。
地面は吐き捨てられたガムの跡やたばこの吸い殻が散らばっていて、横たわった男の血を吸って煌めいていた。普段このあたりを覆うむせかえるようなどぶ臭さもこの温度には静かに凍てついている。
少年はぼんやりとしばらく立ち尽くして、何を想うわけでもなく煌めくゴミたちを眺めていたが、ゆっくりと繁華街のほうへ歩いて行った。
雪がとうとう降り始めたのだった。
空が白むまで少年は歩いた。
じっとりとした雪をフードに積もらせて、父とも思えない男の投げ出された肢体を思いだした。今頃ずいぶん積もって雪が血ごと汚い路地を覆いつくしただろう。
きっとそれは「綺麗」に違いない。
非現実的で、真っ白で、少し剥がせば真っ赤な路地裏の雪はきっとこの世で最も「綺麗」に違いない。少年は目を閉じてそれを想った。
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