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初詣に行った。
同時に詣納めだ。
最寄りの神社には一年振りにやってきたことになる。
恐ろしく眠い。
しかし、その眠さを覚めさせるものがそこにはあった。
鳥居だ。
鳥居は真っ白になっていた。
なっていたというよりは、神社の人がその色に塗っただけだろうが。
一年前にやって来た時は赤色だった。
しかし、そのような面影はどこにもなかった。
私は家に帰って、付けていた黒マスクを外し、予備として買っておいた白いマスクを確認する。
白いマスクなんて、そこにはなかった。
あるのは、趣味の悪い真っ赤なマスクだけだった。
間違って買ったのか。いや、そんなことありえないだろ。
あべこべになった色の世界に片足を突っ込んだ私は、気分がすこぶる悪くなった。
現象に対する悩みで重くなりゆく頭をもたげながら、私は新幹線で帰郷した。
実家に到着し、母が私を出迎えた。
久しぶりの帰郷だからか、例年よりも口角が上がっている。
母の真っ白い唇の口角が。
「やっぱり白いね」
「何訳わかんないこと言ってるのよ。リップなんて塗ってないわよ。長旅で疲れてるんじゃない?おせちあるから、早く食べましょうよ」
母は、私をリビングまで連れて行った。
「おお!帰って来たか」
と父が言う
「お兄ちゃん遅かったね」
と弟が言う
「久しぶりじゃない、大きくなったわね」
と叔母が言う
その全員の唇は真っ白だった。
道行く人の真っ赤なマスクの下は、真っ白なのか。
用意されていた座布団に座り、父と話す。
「あけましておめでとう」
そう言う父の唇は白に染まっていた。
そして、よく見ると唇だけではなく、口内全体が真っ白だった。
これから色を塗っていくキャンパスのような、フレッシュさはない。
違和感、ただそれだけが私を支配していた。
私は親族に聞いてまわった。
自分の唇を指差して、
「ねぇ、これって何色?」
すると全員の返答が同じだった。
「...赤だね」
「...赤だけど」
「赤に決まってるじゃない、どうしたの急に?」
全員、急にそんなことを聞く私に対し、ちょっと引いていた。
つまり私から見て、赤は白になり、白は赤になってしまっていたのである。
昨日の紅白歌合戦の録画を見ても、男は紅組、女は白組になっていた。
私がこれまで、赤だと思っていた色は、実は白だったのか?白が赤なのか?
段々分からなくなっていった。
赤や白にまつわる質問をするたびに、私は世間から離れていく気がした。
正月が終わっても私は、人に質問を色の続けた。
そんな質問をされた友人は私を病院に連れて行こうとした。
そして、彼女は私に悩みがないのかを聞いてきた。
そうした憐みに満ちた目を向けられる度に私は、私でいたくなくなっていった。
気持ちが沈み、私の唇は紫色になっていった。
しかし、紫色というのは、前の表現だ。
前は紫色だったが、鏡を見て、そこにある私の唇は、緑色だった。
赤は白、紫は緑になった。段々違う色が増え、それになっていった。
いや、なっていったと考えるのはやめよう。
元からそうだったんだ。うん
3年後
私は彼女にプロポーズをしていた。
「結婚してください」
頭を下げてそう言った。
少し間が空いて返答が来た。
「こちらこそよろしくお願いします」
その言葉を聞き、嬉しくなった私は顔を上げ、彼女の方を見た。
私の目に映る、彼女の照れて白くなっていく顔はとても可愛く見えた。
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