13人が本棚に入れています
本棚に追加
「ほんっとうに心配したんだからね!? 働きすぎ! お馬鹿!」
妻に叱られしゅんとなる。結婚が決まった娘のために結婚資金を作りたくて仕事をしすぎた結果、会社で倒れたのだ。それまで体調不良などなかったのに突然感情の起伏が激しくなり酒が増え、そんな状況が二日続いた結果職場でひっくり返った。何故なら男はもともと酒に弱い、体が限界を迎えたのだ。
いろいろな人からストレス大丈夫? と心配された。部長は仕事任せすぎた? ごめん、とこれまたしゅんとしていた。
「なんか突然頭の中ごちゃごちゃになってなあ、なんだったんだろ。でも今は大丈夫だよ、スッキリした。むしろひっくり返ったから病院来たし結果的には良かったかな」
「本当? まあ確かに、なんか人が変わったみたいで怖かったよちょっと。二日間ずーっとイライラして。杏奈が本当は結婚反対なんじゃないかって落ち込んでたから、お寿司でも連れてってあげてよね。もう一回二人で腹割って話してよ」
「え、そりゃイカンそうする。ほんと、なんだったんだろうなあ。あ、イライラといえばさ。今日ニュースで騒いでる通り魔」
「ああ、数人切り付けた後電車にはねられて死んじゃった人?」
「おい、言い方。まあいいけど。部長からメールきて、あの犯人ウチの職場の女の子らしいんだ」
「ええ!?」
「仕事はできるんだけど、ちょっと物の言い方がきつくてあまり周りとは打ち解けてなかったんだけどね。なまじ仕事できるもんだから、自分より仕事できない人が嫌いでさ、見下した物の言い方なんだ。俺も何回か舌打ちされたなあ。犯人がその子ってことで、警察が職場に変わったことなかったか聞き取りにきたらしいんだ」
「怖いわね、そんな事件起こす人が同じ職場だったなんて。性格も悪そうだし起こるべくして起きたって感じ?」
「まあ、亡くなった人を悪く言うのはやめよう。その子の仕事は新人に任せるらしいから、俺が教育担当になると思う。残業続くかも」
「また無理しないでよ?」
「わかってるよ」
一連の出来事を見届けたかがみは小さく笑った。
「そういえば本音で話し合うのも腹を割って話す、って言うな。腹の中に言葉があるって知ってるはずなのに理解しないんだもんな。人間って面白いよね」
「鏡」
「ん?」
「馬鹿を入れるな、反吐が出る」
「いいじゃないか。せっかく暇つぶしに呼んでるのに真っ当なのを入れてもつまらないだろう? 灯だって楽しんでるんだし」
灯がふぅっと女の山の紙に息を吹きかけるとあっという間に燃えて全て灰となる。薄い紙なので灰の量はテミ一つ分だ。灰を箒ではいてすべてテミに入れると、泳ぎ始めた鯉に向かって柄杓でまく。鯉が集まり、バクバクと灰を食べ始めた。大量の鯉は一斉に叫ぶ。
「ナニヨコレ、ナニヨコレエ!? ドウナッテルノ!」
「アンタダレヨ!?」
「ワタシハワタシダヨ! フザケンナヨ!」
鯉同士が争い始める。牙もなく噛みつくこともできない、体当たりも大した威力もない。ばしゃばしゃと音を立てて暴れるだけだ。何十匹もの自分自身と。灰がなくなるまで。
「さて。しばらくは鯉を眺めて暇つぶしができるな。次の退屈までは時間が空きそうだ」
はらはらと紙が舞い落ち降り積もる。
一億二千万の山を管理する鏡と灯。暇つぶしに招いて、たまに悪戯をして、のんびり紙を管理する。
腹の中にためる言葉は不満だけではないはずなのに、この二十年ほどで急激に不満の紙が増えた。温かみのある紙を探すのも一苦労だ。
「大変な思いして管理してるんだし。これくらいの慰めは大目に見てよ」
その言葉に灯は無言のまま、鞠をつきながら歩き出した。たぶん、また面白そうな山を見つけたのだろう。
ここに招くに相応しい、取るに足らないくだらない山を。
END
最初のコメントを投稿しよう!