ずっと、好き。

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「やられた」と思ったときにはもう、体はピンク色の靄に包まれたようになり体温は急激に上昇し、心拍数も上がり、浅い呼吸しかできなくなっていた。 ぐらりと傾いた片桐(かたぎり)の体を支えた男は白々しく「大丈夫ですか」と声をかけてくる。片桐は男の手を払いのけにらみつけたかったが、実際には首筋にかかった男の息に体を震わせ、後ろがじっとりと濡れてくるのを感じるだけだった。 男は周りにわからないように喉の奥で笑い、どういう手段で片桐を凌辱しようかと考えていた。 「あんた、なにやってんだ」 膝をつき呼吸が乱れた片桐が見たのは半ズボンのすらりとした足とこげ茶のランドセルだった。 甲高い声の小さな体が、片桐と男の間に割って入った。 「それ、やっちゃいけないことだろ」 少年は男を見上げにらみつけた。 そして自分の背中の後ろにいる片桐の肩にそっと手を置いた。 ぶわりとさっきとは違う匂いがして、片桐は「うっ」とうめいた。 ほんの30秒のことだった。 片桐は社長の秘書として、商談が終わった取引先の社長の息子が車に乗るのを見送りに会社の玄関前にきていた。 片桐はオメガだった。 この時代になるとあらゆるものの上に立つアルファも華奢なオメガもほとんどいなくなった。大多数がベータであり、もしアルファやオメガとして生まれたとしても抑制剤やフェロモンコントロールの技術が進み、かつてのような発情期に苦しむオメガはいなくなった。 第二の性をオープンにする必要がなくなったので、片桐もまた自分がオメガだということを周りに知らせてはいなかった。 なので、なにも知らなければ片桐が突然体調を崩して倒れたとしか周りからは見えなかっただろう。 そして社長の息子がアルファで、急に強いフェロモンを出し片桐を一時的な発情期(ヒート)に陥れ、介抱するふりをして片桐を犯そうとしていたと、気づく者はいなかった。 「なんのことかな」 男は冷静を装って、少年を見下ろし言った。 「あんたがアルファとして許されないことをしたということさ」 アルファが自分のフェロモンを出し、強制的にオメガをヒートに陥らせることはオメガ保護のため法律によって禁じられていた。 少年はきっぱりと言い切ると、倒れそうな片桐に気づいて外に出てきた片桐の会社の社員にてきぱきと指示をしていた。 そしてもう、社長の息子には目もくれず片桐を支え、案内された応接室に向かった。 息子には別の秘書がつき、丁重に車に乗せ見送った。 応接室に入ると少年は注意深く内側から鍵をかけた。 そして片桐をソファに座らせ、自分はランドセルをローテーブルに置き片桐の横に座った。 片桐は理性ではどうにもならなくなり、隣の少年に抱き着いた。 「うん、もう大丈夫。大丈夫だよ。 すぐにあんたのかかりつけ医が来てくれるから。 もうちょっとだからね」 少年は35になろうという男の背中をぽんぽんとたたく。 片桐は少年の首筋から香る匂いをすんすんとかいで、切なそうにうめいた。 「ごめんな。 あんた、ほんとにいい匂いがしていてオレもどうにかなりそうだけど、まだ精通が来てないからあんたを番いにできないんだよ」 「……っ、ふ、ぅぅんっ」 「あー、ごめんごめん。 そんなにすねないで、ね。 できるならオレもいますぐあんたのここ、かみつきたいよ」 少年は片桐のうなじに指を滑らせた。 「んんんっ」 「オトナになったらすぐに迎えに来るから、待ってて。絶対だよ。 お願いだから」 「ふーーーっ」 「もうすぐ先生が来るから、な。 そしたら大丈夫だから。 だから、さ、ネックガードしてオレを待っててよ」 少年は片桐の首にかかっていた社員証を見た。 「あんた、片桐修吾(しゅうご)っていうの? 修吾さん、待ってて」 少年は高橋(たかはし)(しん)と言う名で、このときは小学3年生だった。 2年後、11歳で精通が来ると約束通り、片桐のヒートを一緒に過ごし、うなじを噛んで番いにした。 幼い雄に貫かれながら、片桐はようやくやってきた幸福感と絶頂に身悶えた。 慎は十代半ばで父になった。 結婚ができる年齢になるとすぐに片桐と婚姻関係を結んだ。 「修吾じいちゃま」 小さな手が修吾をそっと揺すった。 うたた寝をしていた修吾がすぐに目を覚ました。 「じいちゃま、お母さんがおやつができたって」 「そうかい」 修吾は孫のりりあを見た。 「もしかして慎じいちゃまのこと、考えた?」 「どうしてそう思うの?」 「前に慎じいちゃまがかっこいいって話してたときと同じ顔してた」 「おや、よく見てるんだね。 そうだよ、慎の夢を見ていた」 修吾はソファの背もたれに掛かっていた慎のメリノウールのストールを撫で、慎の匂いを感じながら言った。 「わたし、修吾じいちゃまが慎じいちゃまに助けられたお話大好き。 いつか私もそんな人と出会いたいな」 まだ3歳というのに、りりあはアルファとしてすでに番の相手を探しているのだという。 もしかして、慎も小さなころからこうだったのかな。 修吾はそう思いながら、りりあの髪を撫でた。 秘書として働いていた自分の前に、突然現れた小学生の慎。 あれから随分時が流れたが、今でもずっと好き。 「行こうか」 修吾はソファから立ち上がり、りりあに手を伸ばした。 「うん」と返事をし、りりあは修吾と手を繋いでキッチンへ向かった。 おしまい
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