14.忍び寄る影

8/12
前へ
/55ページ
次へ
  「でも僕が持っている金額では足りないんじゃ……」 「内側にはお好きな言葉を彫らせていただけます。その料金を含みまして、1200ドル。サイズ調整が必要ならお1つにつき、20ドルを頂戴いたします。いかがなさいますか?」 「これにしよう」  僕らはほぼ同時に言っていた。店主がにっこり笑う。 「サイズを見てみましょう」  意外にリッキーの指は細くて、ダイアのついたリングを少し大きくしてもらえばいい。僕はもっと大きくしてもらわなくちゃならない。 「いつ頃出来ますか?」  確かサイズ直しは時間がかかると聞いていた。次に家に帰るまで無理かもしれない。 「今10時半ですね。サイズ直しだけなら3時には出来ますよ。内側に文字を彫るようでしたら……ちょっとお待ちください」 そう言って奥に入っていった。 「お待たせいたしました。夕方5時にはお渡し出来ます」 「そんなに早く?」 「実はデザイナーというのは、私の娘なんです。店に出すのはこれが初めてのリングです。だから金額を低く設定しています。それでもよろしいですか?」  こんなに有難い話はない。 「お願いします。5時に伺います」 「内側にはどう彫りますか?」  しばらく考えて僕は振り返った。 「リッキー、言葉、僕に任せてもらえる?」 「指輪もらえるだけで充分幸せだよ! 任せる、フェルに」  僕はペンとメモを借りた。 「これ、お願いしていいでしょうか。彼へのサプライズにしたいんです」 そこに書いた文字を見ると頷いてくれた。 「承知いたしました。大丈夫ですよ、ご対応出来ますから」  本当にこの店に来て良かった! これなら形だけの指輪じゃない。  夕方まで食事したり、リッキーは久し振りのボーリングを楽しんだり。指輪は僕と一緒に受け取るんだと、でれでれの顔をしてくれるのがとにかく嬉しかった。  5時過ぎて、その宝石店に戻った。 「いらっしゃいませ」  出迎えたのは若い女性。店主の言っていた娘さんなんだろう。 「あの、私のデザインした指輪をお買い求めのお客様ですか?」 「はい、エンゲージリングの加工をお願いしました」 「フェリックス・ハワード様 リチャード・ハワード様 ですね?」 「はい」  隣を見ると、これ以上ないほど真っ赤になってるリッキーがいた。 「はい りちゃーど・はわーど です」 ――どうしよう  言う必要の無い返事をする『リチャード・ハワード』を僕は今ここでキスして押し倒したい……  まさか隣でそんな企みを抱かれてるとも知らず、リッキーはしまりのない笑顔を僕に向けた。 「ありがとうございます! 初めて出した品をその日に買っていただけるなんて……こちらです。サイズとデザインをお確かめください」  出された指輪を嵌めてみるとしっくりくるサイズだった。まるで指がリッキーに抱かれてるみたいだ……   
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加