透明な空に歌う

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 一年後――。  南條颯音とのバンドのデビューライブには、予想以上の数の観客が集まった。  終了後、楽屋では琴美が花束を抱えて待っていた。 「デビュー、おめでとう!」  その言葉に僕は琴美を抱き締める。 「琴美」 「ん?」 「結婚しよう」  びっくりしたようにバッと一瞬離れた琴美の瞳は濡れていた。 「……ごめん、本当はもっと落ち着いたところで言うつもりだったんだけど」  言いかけると、琴美はもう一度強く抱きついてきて「イエス!」と答えた。  楽屋に戻ってきた南條颯音、そして父と母が次々に「おめでとう!」と祝福してくれる。こんなに幸せな瞬間がこの世界にあることを僕は知らなかった。  外に出ると通りの向こうに見覚えのある黒のセダンが停まっている。窓が開き見えた横顔は白根会長のものだった。 「もうお父さん、素直じゃないんだから。本当はデビューのこと、気になってたくせに」  琴美が口をとんがらせながら言う。 「え?」 「ここに来たってことは、『おめでとう』って言いに来たってことだよ」  琴美が微笑むので、僕も頬を緩ませる。  通りの向こうで、窓が閉まり発車するセダンに向かって、僕は深々とお辞儀をした。  音楽が好き、琴美のために歌う、そして今は南條颯音と新しい音楽の世界を作ること――僕の中で音楽を続ける理由が一つずつ増えていく。  その理由の一つ一つは、ひどくまっすぐで、どうしようもなく単純で、僕を一番に勇気づけてくれる。  信号の向こう側に、ラーメンの屋台の光が見える。 「行こうよ」  唐突に走り出す琴美の頬を三月の優しい風がさっとかすめる。  どんな短い会話でも、琴美と交わす言葉が、僕にとって世界で一番美しい音色のように思う。 「足速いなあ」  ようやく追いついた僕の隣で再びこぼれた琴美の笑顔が、透明な夜空にぱっと輝いた。 《了》
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