透明な空に歌う

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 まばらな拍手の中に両手をバチバチ合わせたような音。ちらほらとその場を離れ始める観客たちをよそに響きわたる、大げさな「ブラボー」という声。  琴美(ことみ)だ。  背負ったバイオリンケースを揺らしながら、こちらへバタバタと走ってやってくる。 「響生(ひびき)、百点!」 「何点満点で?」 「二百点満点で」 「お前さあ、そうやって天国から地獄に落とすのな」  かわいい顔で、と付け足そうとして、やめた。 「歌には満点あげたいところだけど、ファンサービスがダメダメでした」 「あのなあ」  琴美と出会ったのは三年前。カフェとライブハウスのバイトを掛け持ちしつつ、夕方、この駅前広場でギター片手に路上ライブをし始めた頃。  高校卒業後フラフラしていたが、唯一続けていた音楽を、ふと誰かに聴いて欲しくなったのだ。  初めてのライブでぎこちなく歌う僕の様子を見守るように、最初から最後までその場を一歩も動かず、やけに熱心に聴いていた琴美は、歌が終わったあと、片付けをしている僕の方へやってきて突然尋ねてきた。 「あの、聞いてもいいですか」 「はい」 「どうして音楽をやってるんですか」 「どうしてって……好きだからです」  そう答えると琴美は大きな目をパチクリさせた。 「あの……」  言いかけると被せるように琴美はさらに尋ねた。 「名前、聞いてもいいですか」 「勅使河原(てしがわら)響生です。『響く』に『生きる』で『響生』」 「てしが……ちょっと難しいから響生って呼んでもいいですか」 「え、あー、はい」 「響生のファンになりました。私は、白根(しらね)琴美」
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