過去

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 奥の方でなにやら声が聞こえると、それは二人分の足音と莉子の嬉しそうな声に変わった。 「お母さーん、陽くん来たよ」 「はいよー」  振り向いて、立ち上がる。 「おう」 「おう」  私とは「おう」という挨拶に「おう」と返す間柄であるこの男は、うちに来ると当たり前のように三人掛けのソファーにどかりと座る。  それを見届けて、いつもの如くビールを取りに冷蔵庫へと向かう私。  缶ビールを二本取り出し、100均で購入したお気に入りのグラスと共に、センターテーブルに置く。テーブルに置かれた、陽が買ってきたであろうビニール袋には、梨子の好きなお菓子がたくさんと、少量のおつまみが入っている。 「なしたのさ。疲れてるん?」  私が陽に尋ねると、陽は被っていた黒のニット帽を頭から外し、少し長めの髪の毛をかきあげた。 「まあ、ちょっと……。うん。疲れてんのか? 俺」 「知らんわよ」  即座に返すと、陽は缶ビールのプルタブをあげ、2つのグラスに均等に注いだ。  二本あるんだから、各自一本ずつ飲めば良いものを、陽は頑なに一本を分けあって飲むことに拘る。 「その方が、うまいだろ」  ざっくりとした理由。 「お疲れ」 「お疲れ」  グラスの端と側面を軽く合わせ、お互いに口をつける。 「陽がこの前持ってきたビール、これで最後だよ」 「まじか」 「買っといたけど」 「さすが」  高校からの腐れ縁が今でもダラダラと、不快ではなく続いている。 「陽くん、お母さんバズッたんだよ」  梨子は、陽の隣に座る。何年も使い古してスプリングの劣化が気になってきたソファーが、きしりと音を立てる。私は、床だ。 「なになに。ついに人気イラストレーター?」 「ちがーう。ほら、これこれ」  スマホを陽に見せ、子供の頃を思い出させるような表情で、陽の反応を待つ莉子。 「うわっ。まじか。うける」 「うけるな」 「おめでとうございます」 「ありがとうございます」  私たちふたりのやり取りを見て、莉子はけらけらと笑った。
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