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「……両親に伝えておきます」
「両親? あははは。笑える。がんばれ。じゃあ次。おお、ガタイいいな」
「内藤純太です! 五歳の頃より柔道をやっています!」
「え⁉ あの、私は⁉」
「何が?」
「何って、まだ何の自己紹介も」
「名前聞いたろ。内藤趣味は?」
「じ、実家がケーキ屋なのでケーキ作りを少々……」
漆原は視線を内藤へ戻し、内藤の方が気まずそうにうろたえてしまっている。さすがの美咲もこれには苛立ち、がしっと漆原の腕を掴んだ。
「んあ? 何だよ」
「……何の話もしてないんですけど」
「だってお前中央だろ? 開発してない生徒に何聞けっての」
ぎくりと美咲は眼を泳がせた。美咲の通っている美作中央に開発の授業は無い。アンドロイド関連ビジネス職が選択科目にあるだけの一般的な大学だ。
美作は五十年前に時代を先駆けアンドロイド関連科目を授業に取り入れたが、当時は生徒を募って開発の講義をするほど一般的な需要はなかった。あくまでもアンドロイドを授業に取り入れるための試験運用でしかない。
だが企業や一般家庭にアンドロイドの流通が増えると開発専門学部や専門学校もできあがり、アンドロイド事業者の教育機関として名を馳せた。
その先駆けだった美作中央は今じゃ時代遅れで、アンドロイド史とアンドロイドの流通についてといった選択講義が残るのみだ。選択しなければアンドロイドに関わることも無いしアンドロイド専門学校を謳ってすらいない。
つまり美作中央は『アンドロイドに抵抗のない人』が集まっているだけなのだ。
「中央ってアンドロイド史くらいしかねーだろ」
「だ、だからってインターン相手にそれはないんじゃないですか」
「じゃあ志望理由でも言うか? どうせ俺目当てで言う事無いだろ。聞かない優しさだ」
「っち、違います!」
図星を突かれ、美咲は顔を赤くして口先だけの否定をした。インターン生からも社員からも落胆の色が見えているが、ここで引き下がったら負けだと美咲は漆原を睨みつけた。
「アンドロイドが好きなんです! 自分で作れるようになりたいと思ってます!」
「なるほど。じゃあまず基礎知識を教えてやる。ボディ開発は荷物運びが五割だ。スカートなんてやる気のない証拠」
「でも初日だし、ちゃんとした服装がいいと思って」
「ズボンはちゃんとしてないって? うちの女性社員はみんなズボンだぞ」
う、っと美咲は息を呑んだ。今日のチョイスは漆原に気に入られるための服で仕事にどんな影響があるかなんて考えてもいなかった。考える必要があるとも思っていなかった。
美咲は何も言い返せずぐっと唇を噛んで俯いた。
「会社は学ぶ場所じゃない。働く場所だ。そんな最低限は意識しろ」
「……すみません」
「気にすんな。毎年一人はいるよ、俺目当ての女子。満足したら辞めろよ」
言ってることは最もだ。正しいのは美咲にも分かる。
しかし美咲はそんなに心が広いわけではない。バンッと机を叩き漆原を睨みつけた。
「あんたパワハラモラハラって知ってる⁉ マネージャ―がそんなんでいいと思ってんの⁉ 文句あるなら生徒が逃げるブラック勤務と採用に言いなさいよね!」
「……あぁ?」
「あ……」
しまった、と気付いた時はもう遅い。
フロアはしーんと静まり返った。社員の一人は耐え切れないように声を上げて笑い出したが、漆原はその長身でずおおおっと圧を掛けてきた。
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