episode 01. 導かれた運命の起動

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 朝七時からインターフォンを鳴らしてきたのはマンションのボス――ではなくママさん方のリーダー的女性だ。管理人なんてさしてやることも無いだろうと思っていたのだが、この女性が曲者だった。 「ちょっとゴミ捨て場が困ったことになってねえ。見てほしいんですけども?」 「あ、はい……いつものゴミですね……」  断るとあとが余計面倒だとこの一か月で学んだ美咲は大人しくゴミ捨て場に引きずり込まれることにした。  どうせまたこっちのゴミ袋が破れてるだの匂うだのという話だろう。何の期待も持てずため息を吐きながら女性が指差す先を見たが、そのゴミに美咲は思わず息を呑んだ。  ゴミと呼ばれたのはとてもゴミとは思えなかった。すらりと伸びた手足に整った顔立ち。とても華やかな印象の男性型アンドロイドだった。手足のアタッチメントは細くしなやかで、髪は黒めのブルーグリーンというデフォルトでは見ないカラーだ。 「アンドロイド? 何でこんなとこに」 「美咲ちゃんのじゃなあい?」 「私アンドロイド持ってませんよ。アンドロイドは専用の廃棄手続きが必要なのに」 「ああそうなの。じゃあお願いしますね」 「え? 私がやるんですか?」 「当り前でしょう。こういうのが管理人さんのお仕事じゃない」  もっともな返しをされて言い返せず黙ってしまったが、その隙に女性はサァッと去って行った。せめて協力くらいしてくれてもいいのにと思ったが、これ以上関わりたくない気持ちが勝り笑顔で見送った。  姿が見えなくなると美咲はようやくアンドロイドを覗き込んだ。 「イケメンだな~。エンタメ型かな。顔立ちはちょっと古いけど」  個人のオーダーメイドから始まったエンターテインメントアンドロイドの外見には流行があった。  各自理想の顔立ちを作るのは当然なのだが、そのベースとなるのはその時代で人気の芸能人であることが多い。そのためアンドロイドの顔立ちや髪型にも傾向があり、美咲のように若い世代が『イケメン』と思うアンドロイドと数十年前の『イケメン』は必ずしも一致しない。  そして今目の前にあるアンドロイドは現代のイケメンから若干外れている。恐らく数十年は前に開発されたのだろう。 「エンタメ過去機なんてレアじゃない? 買取る業者だって多いのに何で不法投棄なんてしたんだろ」  個人事務所によって開発されたアンドロイドは企業では用いない技術が使われていることが多い。企業としての方針や予算が無いため自由に作れるからだ。  それに個人事務所を開くというのは一流である証明でもある。個人事務所を開くにはアンドロイド開発企業での勤務経験と国の定めた基準値以上の実績、様々な資格、ラボを持てるだけの資産が必要となる。だから個人事務所は看板を掲げた時点で一流と判る。  そのためエンターテインメントアンドロイド以前の個人事務所制作アンドロイドは事務所が引き取るか、企業所属の開発者が研究材料として買い取ることが多い。不法投棄して罪を背負うなんてデメリットしかない。 「……これって私が売ってもいいのかな」  一人暮らしはそれなりにお金が必要だ。管理人をしてるとはいえこのマンションの不動産収入が美咲に入るわけではない。となればバイトをして生活費を稼がなければいけないが、大学とインターンの二足の草鞋は考えるだけでも大変だ。  だがこのアンドロイドを自分の物にできるならまとまったお金が手に入るという事でもある。  美咲はにやりとあくどい笑みを浮かべた。 「よし! 廃棄は調べてからにしよう!」  美咲は意気揚々と壊れたアンドロイドをスタッフルームへと運び込んだ。
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