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朝起きると「今日は学校は臨時休校よ?」とママが言った。
アレが今日は朝から降っているらしい。
僕が生まれてきた時には、アレはもうこの世界を覆い尽くしていた。
アレは少しなら口へ含んでも問題ないが、沢山体に入ると病気になる。
そして酷くなると死ぬ。
少しでも口に入ると強い刺激と僅かな苦味があり、あまり気分の良い物ではない。
一粒でも目に入ったりすると、もがき苦しむくらい痛い。
降り積もると結晶化して、街のあらゆる物を腐らせる。
車や電車も、それで今はこの世界から消えた。
だから、みんな徒歩で移動している。
大人が言うには、それで世界が凄く遅くなったそうだ。
世界が遅くなるというのが、どういう物なのか僕には理解できない。
世界を早い遅いで測った事はない。世界は動くわけない。
世界は僕らを常に覆っているのだから——。
植物もアレの所為で温室の中でしか育たなくなったそうだ。
あれは水に溶けるが、溶けるとベトベトして気持ちが悪い。
結晶が育ち大きくなると、あんなに忌々しい存在なのに、水晶のようになって綺麗だ。
外にも遊びに行けないので、窓の側で降り積もるアレを見ていた。
今日は一日中、アレを見ている事になるだろう。
遠くから見ている分には、陽の光を反射した雪の結晶のようにキラキラして、アレはとても綺麗だ。ずっと見ていられる。
夏に降る雪だ。とても面白い。
だがアレは寒くなると、柔らかくなり自分で動き出す事がある。
アレはそうなるとオスとメスに別れて交尾を始める。
そして、子供を沢山産む。
アレの子供は沢山集まると群れで人間の子供を襲い、数分で骨にしてしまう。
だから冬の間は子供は外に出られない。
妹も去年の冬に、気付かずにいた小さな窓の割れ目から入ったアレの群れに襲われて、危うく右手を失う所だった。
妹の叫び声に僕が気付き、急いで暖炉の中の火のついた薪を持って行って、アレに少し近づけると一瞬で結晶化した。
アレは熱に弱い。お風呂のお湯くらいの熱さでも十分に死ぬ。
あの時、僕は少し火傷をしたけど、妹を失う事に比べたら屁でもない。
その晩は、ママが僕がやっつけたアレを綺麗に捌いで、三枚におろしてからトマトとキャベツと煮込んでくれて、家族3人で美味しく食べた。
アレは元々味があるから、食材と煮込むだけで料理になる。
ママが手当てしてくれた火傷の跡が今も残っている。
アレの事をパパと僕らが呼んでいた時は、ママはいつも笑顔だったが、もう最近は心の底から笑うママを見てない気がする。
アレが降るとママはパパを思い出すらしく、僕らに隠れてたまに泣いているのを僕は知っている。
もっと大きくなってアレにだって負け無い位になったら、ママを僕が守ってあげるんだ。
終わり
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