episode恵 06

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episode恵 06

 ナイフは“そいつ”の首に深く刺さった。恵はすかさず腰のホルスターから拳銃を抜き、“そいつ”の背後を取った。 「こいつうっ!」  ヘッドロックで頭を押さえつけ、ナイフの刺さっている部分に銃口を押し付け、拳銃を乱射する恵。  ズドン!ズドン!  “そいつ”はそんな彼女を振り払おうと、右に左に体を回転させて暴れた。物凄い遠心力に、思わず頭をロックしていた腕を外してしまった恵は、柱に体を打ち付けた。 「くあっ!」  打ち付けた衝撃で一瞬、呼吸困難になり、水浸しの床に膝を着いた。  ――くっそ…  頭を上げ、ナイフを刺した“そいつ”を見ると、どうやらダメージを負ったことが見て解った。“そいつ”は自分でナイフを抜き取りはしたが、明らかに動きが不自然にフラついていたのだ。 「い、いける!」  そう思った恵だったが、四体の内の他のもう一体が、どこからか飛ぶように横から現れた。 「しまった!」  現れた“そいつ”は、恵の頭に拳銃を向けて構えた。その銃口との距離約一メートル。  恵は膝を着いた状態から強引に後方にジャンプしながら体を捻り、頭部を守ろうとした。    バンッ!バンッ! 「ぅあっ!!」  だが一瞬間に合わず、“そいつ”の放たった拳銃二発の内、一発が頭にヒットした。  “チュイイン!”と、メットに弾丸が弾けた音がすると同時に、激しい振動が恵の頭に響いた。首は後に勢いよく仰け反り、メットが頭から外れ、吹っ飛んだ。  一瞬、フラッシュでも見たかのように真っ白になり、気が遠のく。  そして、倒れた。  落ちたメットと共に、激しく水飛沫を跳ね上げながら転がる恵は、倒れているテログループの遺体にぶつかった。  防弾メットとはいえ、近距離で弾丸を喰らったのだ。頭が割れるように痛い。恵は脳震盪を起こしていた。  それでも回避行動を取ったお陰で、致命傷は免れた。 「益田あああっ!」  その様子を見ていた新船は、ライフルを発砲しながら、恵に駆け寄った。彼のその声で、完全に気を失う前に意識を保てた恵。 「じ…じゅ…さぶちょ」  激しい耳鳴りがし、平衡感覚も失い、すぐには立てない。 「大丈夫か!?益田!?」  新船は、恵の腕を引っ張り上げようとした。  バンッ! 「ぐわっ!」  その隙を逃さず、“敵”の放った一発が、新船の右太腿を貫いた。 「じ、じゅんさ…部長!」  恵は失いそうだった意識を、気合で奮い起こし、倒れた側のテログループの遺体が装着している新型の手榴弾をもぎ取り、その側に落ちているアサルトライフルを拾い上げた。 「くらええーーーっ!」  アサルトライフルから連続で放たれた弾丸が“そいつ”にヒットした。弾けるような金属音が鳴りまくり、“それ”は後ろによろめいた。 ――何か着込んでいるのか!弾丸では当たっても致命傷にならない、くそ!  間髪入れず、恵は拾った手榴弾のスイッチを入れ、放り投げ、倒れる新船に覆い被さった。  ドーンッ!という激しい爆発音と共に、火と煙りが舞い上がる。辺りのショップのガラスが割れ、飛び散った。 「くっ……」    恵は食いしばり、すぐに頭を上げた。 ――“奴”は…?  爆破で吹っ飛んだ“人陰”が、何メートルか通路の先で大の字に倒れていた。しかし、立ち上がらんとしている様子が見て取れた。 「…これでもダメなのか、化け物め」  爆煙が消える前に、恵はアサルトライフルのスリングを肩に掛け、新船の腕を肩に回し、階段で下の十四階フロアに逃げた。  十五階からは、まだ銃声が僅かだが聞こえた。“奴ら”にやられていない隊員が残っているようだ。  だが、出血が激しく殆ど歩けない新船を抱えた恵には、自分以外のことを考えている余裕はなかった。 「くっそ…見す見すやられるとは…」  痛みに堪え、新船は言い放った。  恵の肩を借り、脚を引きずっている新船は、怒りと悔しさを露わにした。 「大丈夫ですか?巡査部長」  脂汗を流しながら、新船は首を横に振った。 「…いや…ダメだ、出血が止まらん」  これ以上歩かせるのは無理だと判断した恵は、衣料品のショップに入った。 「これで止血しましょう」  アサルトライフルに着いているスリングを取り外し、太腿を思い切り縛ると、新船を自分の袖を噛み、声を殺した。 「益田……このままじゃ…あの“得体の知れない奴ら”に追い付かれる。俺を置いて行くんだ」 「…な、何言っているんですか?」  新船は苦笑した。 「…お前、恋人いるだろ?」 「え…」 「…いいんだ、行けよ。警官にあるまじき行為だが、内緒にしておいてやる」  苦しそうに笑顔をつくる新船。  しかし恵は目を合わせず、首を小さく横に振った。 「やられた皆にも、家族や大切な人はいます。私だけ特別扱いはいけません」 「バカを言え、これは命令だぞ」 「しっ!」  恵は人差し指を立て、新船の言葉を遮った。  並ぶ商品の隙間から、エレベーターの方を見ると、足音が聞こえる。二体の“奴ら”だ。 「……」  明らかに自分達を探している様子だ。  新船の脚から流している血に目をやる恵。ここまでに流血の痕跡を作ってしまっている。 ――まずい、ここにいるのがバレてしまう…  焦る恵。しかし下手に動いては、すぐに狙い撃ちにされる。正確に葉戸を狙い撃ったこと、驚異的な運動能力…、新船を庇っては逃げられない。  悩む恵に更に追い打ちを掛ける“二体”。  何と、見る見る内にその姿が透けていく。 ――透過(ステルス)…くそくそくそ!どういうトリックなの!?  恵は、”今”行動に出ないといけないと悟った。  自分の腰のホルダーに入れている閃光弾(スタングレネード)と、新船の腰のホルダーに入っている閃光弾を手にした。 「ま、益田…」  そして“二体”の姿が完全に消える前に、ピンを抜き捨て、握った閃光弾二個を思い切り投げた。  恵の姿に気づく“二体”だが、閃光弾二個は光と煙を上げて爆発した。  閃光弾自体は殺傷を考えられて作られているわけではないが、至近距離で爆破された場合、人ならば大怪我、又は死傷するだけの威力はある。  さっきの手榴弾の直撃を喰らっても起き上がったことを考えれば、まったくダメージにはならないであろうが、目眩し、時間稼ぎにはなるかもしれないと打って出た苦肉の策だった。  恵はすぐに、新船を腕を肩にまわし、背一杯の力で衣料品の店を後にした。  目指したのは、非常階段だ。  店舗から一番近い脱出路がは“そこ”しかなかった。  二人は非常階段のある扉を空け、中へと入った。その際、恵は通路の売り場にあったグラスセットの箱を手にした。  非常階段のドアを閉めると、恵は新船の右脛に装着しているナイフホルダーからナイフを取り出し、ドアが開かないようにその下の床に力の限り差し込んだ。  更に、持ってきたグラスセットの箱を開け、アサルトライフルのショルダーレストで粉々に破壊した。 「行きますよ巡査部長」  恵は新船の腕を自分の肩に回すと、粉々にしたグラスを階段に巻きながら、下に降りた。 「ここは狭いです。どんな方法か知りませんが、あの姿を消すトリックを使っても、これで歩いてきた時に破片をふむ音で近付くタイミングは掴めます」 「お前、ここに俺と一緒に残る気か?」  顔色の悪い新船は、息絶え絶えに尋ねた。 「来たら、今ある全弾ぶちかましやります。ここなら避けられない」 「…お前、それで…いいのか?」  恵は苦笑した。 「本音を言えば、葛藤してます。正直、逃げ出したい思いもあります」 「なら行け、俺は構わない」 「いいえ、私は目の前で“もう”人を死なせないと自分に誓っています」 「益田…お前…」  新船が何かを言いかけた時、下から非常ドアの開閉する音が聞こえた。    キイイイ……ダンッ… ――…下!?  恵はアサルトライフルを下に向けて構えた。新船も腰のホルスターから拳銃を抜き取った。  下からは聞こえる足音は、靴の音だ。さっきの“奴ら”とは違う。  ゆっくり、カツ…カツ…カツ…と、階段を上がる足音が近づく。  心臓の鼓動が激しくなる恵は、ライフルのグリップを力強く握りしめた。  目の前に現れたのは男。  サングラスを掛け、短い髪をセットしている、黒いスーツの男だ。  スーツの上からでもわかる鍛えられた肉体と、何より放つ雰囲気が只者ではないと見て解った。 「な、何者だ?」  恵は男に銃口を向ける。 「…なるほど、あっさり全滅かとも思ったが、優秀な者はどこにでもいるのだな」  男はため息様にそう言った。 「何者かと聞いている、答えなさい!」  厳しく声を荒げる恵に、男は笑った。 「…君らの権限ではどうにもならない立場にいる男だよ、私は」 「この件に絡んでいるのか?」 「まあ、そんなところだが…」 「…“あれ”は、一体何なの?私たちを狙う理由は何!?」  男はその質問には答えず、黒い上着の下から拳銃を取り出した。“奴ら”が持っていたのと同じ、ベレッタM92だ。 「…その銃を下ろしなさい!」  アサルトライフルを握りしめ直し、再度、銃口をしっかりと向けて叫ぶ恵。 「下ろす気はない、お前らには死んでもらうからな」  男にその気がないと知ると、恵は容赦無く引き金を引いた。  ダダダンッ!   銃口から弾け飛ぶ弾丸。  しかし男はその狭い階段で一気に距離を詰めてきた。恵の放つ銃口の射出向きを見極め、弾丸を避けつつ、階段を駆け上がった。  バンッ! 「きゃあっ!」  距離詰めた男は至近距離から拳銃を恵に向けて撃ち、左腕を貫いた。 「益田っ!!」  新船は手にしていた拳銃で、男に向けて撃とうと銃口を向けた。  しかし、新船の持つ拳銃から発砲音が鳴り響くことはなかった。  ライフルを落とした恵は、目を大きし叫んだ。 「巡査部長おおっ!」  新船は口から多量の血を流し、まるで陸に打ち上げられた魚のように口をぱくぱくとさせていた。  新船の後ろ首には、大きなナイフが刺さっていた。  喉まで達し、声が出ないのだ。新船は次の瞬間、首をがくっと落として血の泡を吹いた。  ナイフを刺したのは、戦闘服を着た男だ。床にばら撒いたガラス片を踏みつける音に気付かなかった。  それは、ナイフの男が今の銃声の響いている瞬間に素早く駆け下りたからだった。そして新船を刺したのだ。  恵は痛みに耐え、腰のホルスターから拳銃を構えたが、その動作の間に、黒いスーツの男は恵の顔面を殴りつけた。鋭く重い打撃だ。  その衝撃が頭部に効いた恵は膝から崩れた。前に倒れる恵を、黒いスーツの男はスッと避けると、そのまま階段下に転げ落ちた。 「……あ、うっ」   頭が朦朧とする恵は、震える腕で体を起こした。そして口から、ぷっ、と血混じりの唾と一緒に歯を二本吐き出した。  この時、恵は何を思ったか。  目の前で死んだ新船のことではなかった。  大好きな男性(ひと)、そして妹のことだった。二人に会いたい、それだけを思った。 「な、何なの、お前らは…」  ふらふらと立ち上がり、拳銃を尚も構える恵。  だが次に聞こえた銃声は、彼女が発砲したものではなく、黒いスーツの男が撃った拳銃の音だった。  恵は頭から多量の血を流し、目を空けたままその場に崩れ落ちた。    黒いスーツの男は、拳銃をホルスターに入れると、新船を刺し殺した男の側に歩み寄った。 「“実験”は成功とは言い難いな、そうだろ?志賀」  “志賀”と呼ばれた男は、血のついたナイフをそのままホルダーにしまった。 「ええ、そうですね“大佐”。どうやら、ここから助け出されてしまった人間がいるようです、始末せねばなりません」 「この女にやられた“一体”はどうだ?」 「そちらは大丈夫でしょう、修復システムが機能しているようです」 「わかった。ここから人質を助け出した人物については判っているのか?」 「それは、これから調べます」 「……セントホークでの作戦(ミッション)は終了。目撃者の抹消(デリート)に移行する」 END シリーズ第一弾 『SHADOW DETECTIVE』プロローグへと続く…
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