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1 北斗視点
雪化粧が施された樫の木の眩しさに、北斗は目を細めた。目の前に広がる白銀の世界は、輪郭が乏しく、何処にどう雪が積もっているのか判別しづらい。
緩やかな雪の坂道を歩く。一歩足を前へ出すごとに、ギュッギュッと小気味の良い音が鳴った。呼吸をするたびに、白い息が広がり消えていく。邪魔になるので、随分前からトレッキングポールを短く調整して手に持っていた。
「北斗」隣で歩く登美が話しかけてきた。「いま何時?」
「……午前十一時」北斗が答える。
「え、もうそんな経ったの?」登美は立ち止まると、ゴーグルを外した。「ちょっと休憩しない?」
「ああ」
彼女は頷くと振り返り、「休憩!」と叫んだ。後ろで歩いている三人が「はい」と答える。
T大学山岳部は、先月同好会から部活動へと昇格したばかりの団体で、部員は十人。昇格祝いに行くこととなった富山県富山市にある薬碁岳への登山だが、結局五人しか参加してくれなかった。
「自分、子供の頃、雪が降った日は急いで外に出てですね」宗介が、北斗の隣に立っていた。「バクバクバク~、ってひたすら雪を食べてました。両手に雪を持って、交互にバク、バク、バク、と……」
「汚いな」北斗は眉を顰めた。「雪って全然綺麗じゃないからな。大気中の汚染物質を取り込みながら降ってくるから」
「ええ。でも、子供なんでそんなこと知らないわけで。水たまりを見つけては大はしゃぎしてましたよ。あの薄い氷の膜が美味しいんです」
「やべぇ奴じゃん……。お腹壊さないの?」
「壊すに決まってます。でも、良いんです」
「なにが良いのか……」
「幸福の代償です」
「なるほどな」北斗は宗介に顔を寄せ、小声で囁いた。「それよりさ、宗介、お前ちゃんと用意してきたんだろうな?」
「なにをですか?」
「血糊だよ、血糊」
「え? あ、ええ……、いちおう……」宗介は眉を顰めた。「でも、何に使うんですか? あんなの……」
「まぁ、ちょっとしたサプライズってやつ」
「なんでもいいですけれど、やり過ぎないでくださいよ」
「大丈夫、弁えてるよ」
北斗は首にかけられたペンダントを手に持ち、じっくりと眺めた。チェーンの先に銀色の指輪がぶら下がっている。それは、先月、登美からプレゼントされた代物であった。
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