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8 宗介視点
宗介と登美は、薬碁岳の尾根に居た。三角形の頂点の上を歩いているような状態である。
相変わらず、雪のせいで視界が悪い。
「宗介君」
「……なんですか?」
「あのね、あたしなりに、この殺人事件について考えてみたんだけど、聞いてくれる?」
「いいですけど……、突然ですね」
「まず、トオル君の件。あたしたち、トオル君の叫び声が聞こえて、すぐに向かったけれど、周りには誰も居なかった。トオル君を殺した人がいるのなら、時間的に、大慌てで逃げないといけない。なのに、そんな音はちっとも聞こえなかった」
「そう……ですかね」
「それに、マリちゃんの件。あのとき、テントの中は真っ暗だったわけだけど、宗介君言ったよね? 『マリ先輩、大丈夫ですか!』って。どうして、あのとき、襲われたのがマリちゃんだってわかったの? なにも見えなかったはずなのに」
「登美先輩、なにを……」宗介は振り返ろうとした。
「振り返らないで!」
「……」
「……宗介君、ジャケットありがとね。とっても温かいわ」
「……どうも」
「それでね、さっき、ポケットに手を入れたとき、気付いたの。ペンダントが入っていることに」
「ペンダント?」
宗介は、首だけ後ろに向けて、登美のほうを見た。
彼女は、右手でペンダントを持っている。
「これって、あたしが北斗にプレゼントしたやつよね。どうして貴方のジャケットに入っているの?」
「……」
宗介は、少し考えて気付いた。
そうか、あのとき……。
北斗の首にナイフを刺したとき……、彼は、渾身の力で抵抗してきた。
そのとき、偶然にもペンダントが宗介のジャケットのポケットに入ったのだ。
偶然?
いや、違う。
おそらく、これは、北斗の意志。
彼女へのメッセージだ。
宗介は、右手をそっとポケットの中に入れた。
ナイフを探り、手に持つ。
「……宗介君、あたし、貴方にずっと言いたかったことがあるの」
「奇遇ですね、オレも、貴女に言いたいことがあります」
「お先に、どうぞ」
「……登美先輩、貴女のことが、ずっと好きでした。大好きでした。……下山したら、一緒に食事でもどうですか?」
「ごめんなさい。それはできません。……あたし、初めて会ったときから、宗介君、貴方のことが嫌いでした。そう、生理的に無理だったの。本当に、ごめんね」
宗介はナイフを取り出して、勢いよく振り返ると、懐中電灯を前へ向けた。
しかし、そこに登美の姿は無い。
次の瞬間、左腕に重い衝撃。
耐えきれず、宗介は吹き飛んだ。
急斜面をゴロゴロと転がっていく。
懐中電灯を紛失したため、何も見えない。
暗闇の中で彼は、無我夢中で四肢を伸ばした。
すると、偶然にも、右手が何かを掴んだ。
左手も伸ばし、必死に掴む。
手袋が脱げていたので、左手で掴んだときに、それが岩であることに気が付いた。
足が空中を彷徨っている。
どうやら、下は崖のようだった。
手を離したら命は無い。
「登美、お前ええええ!」宗介が暗闇に向かって叫んだ。「オレが死んだら、お前は下山できないぞ! 懐中電灯を無くしたから、オレたちはビバークするしかない! テントは、オレのザックにある! 凍死したくなかったら、助けろ!」
「死ぬのは嫌だけど、貴方を助けるのはもっと嫌!」
登美の声が聞こえた瞬間、
彼の手は、岩から外れた。
浮遊感が全身を包む。
──すべて、無かったことになる?
──オレも?
雪は、静かに降り積もっていく。
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